おごそか)” の例文
旧字:
糸車をじい……じい……村も浮世も寒さに喘息ぜんそくを病んだように響かせながら、猟夫に真裸まっぱだかになれ、と歯茎をめておごそかに言った。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あの沙門は悠々と看督長かどのおさの拝に答えてから、砂を敷いた御庭の中へ、恐れげもなく進み出て、こうおごそかな声で申しました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
杉の葉の青きをえらんで、丸柱の太きをよそおい、かしらの上一丈にて二本を左右よりたいらに曲げてぎ合せたるをアーチと云う。杉の葉の青きはあまりにおごそかに過ぐ。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
卒業免状でも渡す時の様に、こえおごそかに新郎新婦を呼び出して、テーブルの前に立たせた。そうして媒妁は自身愛読する創世記そうせいきイサク、リベカ結婚の条を朗々ろうろうと読み上げた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
昔からおごそかに秘せられていた書が、たちまち目前に出て来たさまが、この語で好くあらわされている。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「いつからともなく柏屋の庭に、開けずの間という建物があって、一切人を内へ入れず、一切人を寄せ付けず、おごそかに鎮座ましますと、世間の噂に立つようになったが、どう考えてもおかしいよ」
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
に彼は火の如何いかえ、如何にくや、とおごそかるが如くまなじりを裂きて、その立てる処を一歩も移さず、風と烟とほのほとの相雑あひまじはり、相争あひあらそひ、相勢あひきほひて、力の限を互にふるふをば、いみじくもたりとや
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
人々はおごそかにして清き父の名の下に
偏奇館吟草 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
と緒を手首に、可恐おそろしい顔は俯向うつむけに、ぶらりと膝に飜ったが、鉄で鋳たらしいそのおごそかさ。逞ましいおのこの手にもずしりとする。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時の良秀には、何故か人間とは思はれない、夢に見る獅子王の怒りに似た、怪しげなおごそかさがございました。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
自分は老令嬢の態度が、いかにも、おごそかで、一種重要の気にちた形式を具えているのに、すくなからず驚かされた。K君は自分のむこうに立って、奇麗きれい二重瞼ふたえまぶちの尻にしわを寄せながら、微笑をらしていた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其状鎧をかうぶ幞頭ぼくとうくわんし手にこつを持る、顔貌も甚おごそかならず。造作の様頗る古色あり。豊岡八幡の社にいたる。境中狭けれども一茂林もりんなり。茅茨ばうじの鐘楼あり。一里卅丁板鼻駅、二里十六丁松井田駅なり。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そしておごそかに冷やかに叫ぶがように云ったのである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
直道はおごそかかしらりて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
第一、しかじかであるからと、じいに聞いた伝説を、先祖の遺言のようにおごそかに言って聞かせると、村のものはどっと笑う。……若いものは無理もない。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やはり薄色のうちぎを肩にかけて、十文字の護符をかざしたまま、おごそかに立っているあの沙門しゃもんの異様な姿は、全くどこかの大天狗が、地獄の底から魔軍を率いて
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ひとみらして、その行方ゆくえを見つめていると、封じ込められた大気のうちに、かもめが夢のようにかすかに飛んでいた。その時頭の上でビッグベンがおごそかに十時を打ち出した。仰ぐと空の中でただおんだけがする。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かたちおごそかなるは、白銀しろがねよろひしてかれ守護しゆごする勇士いうしごとく、姿すがたやさしいのは、ひめ斉眉かしづ侍女じぢよかとえる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
日頃から老実な彼が、つつましく伏眼になつて、何やらかすかに口の中でしながら、静に師匠の唇をうるほしてゐる姿は、恐らく誰の見た眼にもおごそかだつたのに相違ない。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「もしお前が黙つてゐたら——」と鉄冠子は急におごそかな顔になつて、ぢつと杜子春を見つめました。
杜子春 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
蒸しものの菓子を紙に包んで、ちょっと頂いた処は慇懃いんぎんで却って恐縮。納めた袋の緒を占めるのがかぶとを取ったようで、おごそかに居直って、正午頃ひるごろまでに、見舞う約束が一軒。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「もしお前が黙っていたら——」と鉄冠子は急におごそかな顔になって、じっと杜子春を見つめました。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この写真が、いま言った百人一首の歌留多のように見えるまで、御堂は、金碧蒼然きんぺきそうぜんとしつつ、漆と朱の光を沈めて、月影に青いにしきを見るばかり、おごそかただしく、清らかである。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
緑青ろくしょうびたのがなおおごそかに美しい、その翼を——ぱらぱらとたたいて、ちらちらと床にこぼれかかる……と宙で、黄金きん巻柱まきばしらの光をうけて、ぱっと金色こんじきひるがえるのを見た時は
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と同時に一瞬間、おごそかな権威のひらめきが彼のみにくい眉目の間に磅礴ぼうはくしたように思われた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
威儀いかめしく太刀たちき、盛装してづ。仕丁相従い床几しょうぎひっさづ。神職。おごそかに床几にかかる。かたわらに仕丁踞居つくばいて、棹尖さおさきけんの輝ける一流の旗をささぐ。——別に老いたる仕丁。一人。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼が死んだ兄に似ていると思った眼で、おごそかにじっと見たのである。
さまよえる猶太人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
片手をひざに垂れた時、や其の襖際に気勢けはいした資治やすはる卿の跫音あしおとの遠ざかるのが、しずかに聞えて、もとの脇廊下わきろうか其方そなたに、おごそか衣冠束帯いかんそくたいの姿が——其の頃の御館みたちさましのばれる——ふすま羽目はめから
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
われ、その時、宗門の戒法を説き、かつおごそかいましめけるは
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いしずえが動いたか、四辺あたりの地勢が露出むきだしになったためか、向う上りに、ずずんと傾き、大船を取って一そう頂に据えたるごとく、おごそかにかつ寂しく、片廂かたびさしをぐいと、山のから空へ離して、みよしの立った形して
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おごそかに袖にしゃくを立てて
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)