いかめ)” の例文
旧字:
「お竹倉」は勿論その頃にはいかめしい陸軍被服廠や両国駅に変つてゐた。けれども震災後の今日こんにちを思へば、——「かへつて并州へいしうを望めばこれ故郷」
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
合撒児カッサルを先頭に、忽必来クビライ速不台スブタイ、小姓巴剌帖木パラテム、その他参謀等多勢、いかめしき武装にて馳せ入り、成吉思汗ジンギスカンの前に整列する。
にもかかわらず、先頃からそこの門は、表にも裏にも、物の具着けた兵が十人くらいずつ立っている。あたりの閑寂に似もやらぬいかめしさである。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丁度午後の日を真面まともにうけて、宏壮おほきな白壁は燃える火のやうに見える。建物幾棟いくむねかあつて、長いへいは其周囲まはりいかめしく取繞とりかこんだ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
国麿くにまろという、もとの我が藩の有司のの、われより三ツばかり年紀としたけたるが、鳥居のつきあたりなる黒の冠木門かぶきもんのいといかめしきなかにぞすまいける。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は元の席へもどって腰掛け、ちょっと間をおいて、それから、いつも自分の格言を口にする時のようないかめしさで言った。
彼等はあのいかめしい赤い煉瓦壁体の中には、古ぼけた事務室と部厚い壁と幅の広い階段と長い廊下のほかに、なにものも予想していないであろう。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その形は、ちょっと『八島』や『千代田』に似ているが、ふなばたが、ひどくふくれて、いかめしい恰好をしている。そしてみよしに、大きい鋼鉄のこぶがある。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
あのいかめしい顔に似合わず、(野暮やぼを任じていたが、)いきとか渋いとかいう好みにも興味を持っていて相応に遊蕩ゆうとうもした。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「ところで、モーガン、」とのっぽのジョンはすこぶるいかめしく言った。「お前はあのブラック——黒犬ブラック・ドッグを前に一度も見たことがねえな、え、そうだろ?」
町の中央なかほどの、四隣あたり不相応にいかめしく土塀をめぐらした酒造屋さかや対合むかひあつて、大きい茅葺のうちに村役場の表札が出てゐる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
防衛司令部というようないかめしい名前のところから出た命令であったが、各戸に砂を用意せよというのである。
琵琶湖の水 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それは鉄板を張り詰めたような黒いいかめしい建物で、その中から霧とも煙とも判らない黒い気がもやもやと立ち昇って、それが空の雲といっしょになっていた。
令狐生冥夢録 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
旅硯たびすずりとり出でて、御灯みあかしの光に書きつけ、今一声もがなと耳をかたぶくるに、思ひがけずも遠く寺院の方より、七三さきふ声のいかめしく聞えて、やや近づき来たり。
そこでいかめしい八字髭の安藤巡査に案内を頼んで、四遍目の犠牲者を出した農家を訪ねる事が出来たんです。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「行かないでも好い。夜になつたら一緒に出かけるからそれまで其処で本でも読んでゐたら好いでせう。」と私は、持前でない切口上でいかめし気に云ふのであつた。
熱い風 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
此大墓石のかたはらに小い墓が二基ある。戒名の院の下には殿でんの字を添へ、居士の上には大の字を添へたいかめしさが、粗末な小さい石に調和せぬので、異様に感ぜられる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
当分は江戸屋敷に在るべしとの将軍家の内命に従い、母子共に行列いかめしく、北国街道を参勤とはなった。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
箱の外壁をグルリとで廻すと、所々に打ったいかめしいびょうの一つが、どうやら心持動くではありませんか。
そのいかめしい日取はもうちやんときまつてゐて教会の牧師のとこまでは内々ない/\しらせて来てあるらしいが、牧師の考へでは、それを発表してしまふと一度に善人が殖えるので
何時いつの間にかばったり雨は止んで、金光こんこういかめしく日が現われた。見る/\地面を流るゝ水が止まった。風がさあっと西から吹いて来る。庭の翠松がばら/\としずくを散らす。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
肩には、模様のない、いかめしい自分の猿股と、それから、兄貴の、赤と青とのしまの猿股をかついでいる。元気いっぱいという顔つきで、彼はしゃべる。自分だけのために歌をうたう。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
ちゅうされてない今は御獄冠者の居間として、華美はなやかであった装飾など総て一切取り去られ、いかにも武将の住居すまい場所らしく、弓矢鉄砲刀鎗によって、さもいかめしく装われている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
又半ちやう程行つて二十畳敷ばかりの円い広場へ出たと思ふと、正面に大きないかめしい石門せきもんが立つて居る。石門せきもんの中もまた広場になつて居て、更に第二の石門せきもんやみの口を開くのに出逢ふ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
旅順には佐藤友熊と云う旧友があって、警視総長と云ういかめしい役を勤めている。これは友熊の名前が広告する通りの薩州人さっしゅうじんで、顔も気質も看板のごとく精悍せいかんにでき上がっている。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
偖主人の鬼一殿は何処におはすぞと見てあれば、大玄関の真中に、大礼服のよそほひ美々しく、左手ゆんで剣𣠽けんぱを握り、右に胡麻塩ごましほ長髯ちようせんし、いかめしき顔して、眼鏡を光らしつゝたゝずみたまふが
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
美人とは云えないが十人なみの容色、ただ昨夜からの椿事がすつかり彼女の気持を顛倒させている上に、検事や警部といういかめしい役人の前に出たため、青ざめきつておどおどしていた。
殺人鬼 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
桜田門で電車を降りたが、今日位警視庁がいかめしく、恐しいものに見えたことはなかった。俯向きながら石段に靴先をかけようとして、ふと、気忙しそうに階段を馳け降りて来る人を見た。
黒猫十三 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
彼には山々が、いかめしい死のようにも思え、また不滅の生であるようにも思えた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
灯台は今はたゞ白々といかめしい沈黙を守つて日に輝いてゐるのみである。そして附近に人家らしいものも見えぬ。あちこちと見廻してゐると、すぐ眼下の崖下にそれらしい一端が見えて居る。
岬の端 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
唸りながら、白雲は両の拳を両股の上へいかめしく置いて
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
石段に門構えは宿屋兼料理屋に似つかぬいかめしさだ。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
昔あこがれし、静けく、いかめしき霊の国をば25
あたしが、いかめしい声で命令します。
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
獄を出て獄へ帰るかのようなもだえにからまれながら、彼はやがて八重洲原まで来ていた。もうすぐそこにいかめしいわが家の門と白い土塀があった。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その外には詰襟つめえりの制服にいかめしい制帽を被った巨大漢きょだいかんと、もう一人背広を着た雑誌記者らしいのとが肩を並べて立っていた。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
この大きな、古風な、どこかいかめしい屋造やづくりの内へ静かな光線を導くものは、高い明窓あかりまどで、その小障子の開いたところから青く透きとおるような空が見える。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かぶりったので、すっと立って、背後うしろ肱掛窓ひじかけまどを開けると、辛うじて、雨落だけのすきを残して、いかめしい、忍返しのある、しかも真新まあたらしい黒板塀が見える。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そいつがすっかりなくなったら、そう言って来い。」と司令官のようにいかめしい顔をして言った。
もう一人、鞍掛蔵人くらかけくらんどという恐ろしくいかめしい名を持った浪人者が居候をしております。四十年輩の遠縁のお国者で、名前のむつかしいに似ぬ、猫の子のような二本差でした。
わたしは唯わたしの感じた通りに「わたしのクリスト」を記すのである。いかめしい日本のクリスト教徒も売文の徒の書いたクリストだけは恐らくは大目に見てくれるであらう。
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
(「時」はすべてのものを嘲笑わらう。されど金字塔は「時」を嘲笑う)——その金字塔が沙漠の上、五町の彼方かなたに夕陽を浴び、黄金こがねの色に煙りながら、いかめしく美しくそびえている。
木乃伊の耳飾 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ルピック夫人は、いかめしくそして落ち着きはらった様子ようすで、寝室の靴拭くつぬぐいの上へ現われる——
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
武士らかしこまりて、又豊雄を押したてて彼所かしこに行きて見るに、いかめしく造りなせし門の柱もちくさり、軒のかはらも大かたはくだけおちて、一八二草しのぶひさがり、人住むとは見えず。
主筆は、体格の立派な、口髯のいかめしい、何処へ出してもひけをとらぬ風采の、四十年輩の男で、年より早く前頭の見事に禿げ上つてるのは、女の話にかけると甘くなるたちな事を語つて居た。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
どの駅でもこはい顔の蒙古犬もうこいぬいかめしいコサツク兵や疲れた風の支那人やが皆私の姿をいぶかさうに見て居た。夕方に広い沼の枯蘆が金の様に光つた中に、数も知れない程水鳥の居るところを通つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
荘重な言葉をやたらにいかめしい調子でしゃべるので、まったく聞き分けられなくなるほどだった。そして彼は、聴手ききてが胸を躍らせる時分に少しじらしてやることを、上手じょうずなやり方と信じていた。
いかめしさをも美しさをも増しまする。
名刺にはいかめしい四号活字で
金狼 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
総別当高雲寺平等坊こううんじびょうどうぼうという大きな文字が入口にいかめしい。宝蔵らしい白壁も奥に見える。神仏混淆こんこうで、一切ここを総務所としているらしかった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)