)” の例文
今まで用ゐたる理窟といふ語はもっとも簡単の智をば除きて言ひしつもりなれど、貴書の意は智と理窟とを同一に見されたるかと覚え候。
あきまろに答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そこには思いしか、愁わしげな様子で、じっと舞台を見下している彼女の横顔が真紅のカーテンを背景に美しい線を描いていた。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
「そうです、そうです。けれどもれが僕のし得るかぎりの秘密なんです。」と言ってしばらく言葉を途切とぎらし、気をめて居たが
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
娘がそんな気持ちでいるのも感じないで、この場の妙に白らけたのを取りすように、寛三は更に娘に向って云い聞かせるのであった。
勝ずば (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかもその顔は私の思いしか知らないが、最前帝国ホテルの前で私に「馬鹿野郎」を浴びせた獰猛な人相の男に違いないようで
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし扉はすぐに開く様子もなかった。思いしか低い呻き声が、切なそうに途切れ途切れに聞こえてくるような気さえしたのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
いずれも仏眼もてれば仏国のジル・ド・レッツが多数の小児を犯姦致死して他の至苦を以て自分の最楽としたに異ならぬ。
然も設計予算つもりがきまではやし出して我眼に入れしも四五日前なり、手腕うでは彼とて鈍きにあらず、人の信用うけは遥に十兵衞に超たり。
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
そう信一郎が云った刹那せつな、夫人の美しいまゆが曇った。時計を持っている象牙ぞうげのように白い手が、思いしか、かすかにブル/\とふるえ出した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
但し何事を言ひしか明かならず。忙はしげなる高声にて調子不揃なりき。激怒若しくは恐怖に由りて調子を高めたるものゝ如く聞きされたり。
仏さま達が草葉のかげでどんなにか歎いておられるであろうと、それを全く本家の責任のように云いしたがるのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼らは決して塗墻としょうに馬を乗り懸くるが如き事をさず、而してかくの如き事は、革命家の最も為さざるべからざる所なり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
いくばくもあらぬに、ベルナルドオがきず名殘なごりなくえ候ひぬ。彼人も君の御上をば、いたく氣遺きづかひ居たれば必ず惡しき人と御思ひしなさるまじく候。
それから猿の一番好い性質は、生利なまぎきにも猿を滑稽なものに言ひしてゐる人間よりも、遙に残酷でないことである。
(新字旧仮名) / ジュール・クラルテ(著)
されど又予を目して、万死の狂徒とし、まさしかばねに鞭打つて後む可しとするも、予に於てはがうも遺憾とする所なし。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その文明を以て世界に卓越したるものと思いし、ここにカイゼルの野心を長じてあくまで他民族とその文明とを劣等視してこれを支配せんと欲し
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
銀杏返いてふがへし引約ひつつめて、本甲蒔絵ほんこうまきゑ挿櫛さしぐし根深ねぶかに、大粒の淡色瑪瑙うすいろめのう金脚きんあし後簪うしろざし堆朱彫ついしゆぼり玉根掛たまねがけをして、びん一髪いつぱつをも乱さず、きはめて快く結ひしたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
いはんやメエルハイムの如く心浅々しき人に、イイダ姫嫌ひて避けむとすなどと、おのれ一人にのみ係ることのやうにおもひされむこと口惜くちおしからむ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
門飾の笹竹ささだけが、がさがさとくたびれた神経に刺さるような音を立て、風のむきで時々耳に立つ遠くの町の群衆の跫音あしおとが、うしおでも寄せて来るように思いされた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
神は絶対の力であるに、ヨブは絶対の無力である。かくてもなおヨブは自己を是とし神を非とし得るであろうか。神の審判さばきに対してつぶやき得るであろうか。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
「私は死んだ者と思われています。それで充分です。死んだ者は監視を免れています。静かに腐蝕してると見されています。死は赦免と同じことです。」
藤吉郎に、側からそうされると、小六も、十年前の甥の罪を威猛いたけだかに、今いう気にもなれなかった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然るに近頃吾人を評難する者あり、吾人「文学界」の一団を以て、ライフに関する、すべての事を軽んずる者の様に言ひして、しきりに攻撃を試むると覚えたり。
人生の意義 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
かくす如き民族は政治上の目的のために作った一種の仮装談かそうだんであるならば、その用い所を選ばねばただに効果が少いのみならず、かえって弊害へいがいあるを怖る。
民族優勢説の危険 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
思ひしのせゐか、袖ヶ浦の向うに見える一帶の山々までが横になつて、足でもそこへ投げ出してゐるかのやうでもある。それがのんびりとした感じを人に與へる。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
すると支那美人も僕の顔を見たが、思いしか表情を変え、驚きと懐しさを現わしたようであった。
鴉片を喫む美少年 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
故に一口に教育と呼びせども、その領分はなかなか広きものにて、ただに読み書きを教うるのみを以て教育とは申し難し。読み書きの如きはただ教育の一部分なるのみ。
家庭習慣の教えを論ず (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
直ぐまたそのが、自分に関係の深い早稲田の老伯であるのに気がいたらしかつた。
正しいことをすればするだけ、言へば言ふ丈、その嫌疑けんぎを免かれる方便の如く思ひされた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
この登山に唯一のおそろしきものゝやうに言ひす、胸突むなつき八丁にかゝり、暫く足を休めて後をかへりみる、天は藍色に澄み、霧は紫微しびに収まり、領巾ひれの如き一片の雲を東空に片寄せて
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
彼らは口に伊太利亜イタリヤ復興期の美術を論じ、仏国近世の抒情詩を云々うんぬんして、芸術即ち生活、生活即ち美とまでいいしながらその言行の一致せざる事むしろ憐むべきものがある。よ。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
やがてかこいの中へ入れると、きょろきょろわたし達両女ふたりの顔を見ているようでした。赤ん坊はそのときまだ判然はっきりと眼が利きはしませんが、わたし達の思いしでそんな風に見えたのです。
二人の母親 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
その積み石をも「やつか」といひ、「やつか」の魚をることをも「やつか」と言ひらしてゐるのである。「やつか」の所在は、「やつか」を置いた漁人にあつて何時でも明瞭である。
諏訪湖畔冬の生活 (新字旧仮名) / 島木赤彦(著)
大谷が間に立つてしかけた縁談は、碌に話の進まぬ中に立ち消えになつて、父の口から明ら樣に彼れに告げて意向を確める必要もなくて濟んだが、彼れは二三日妄想まうさうに惱んだゞけで
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
分与ぶんよしたる田畑をば親族の名に書き換え、即ちこれに売り渡したるていに持てして、その実は再び本家ほんけゆうとなしたるなど、少しも油断なりがたく、彼の死後は殊更ことさら遺族の饑餓きがをもかえりみず
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
此竹島は昔時より日本人蚫獵をれ〔し〕來れる處なれば速に出帆すべしと云ば、彼が答に、難風に遇ひ舟皆損破する故に之を補造して後去るべしと説けども、其實は急に退べきの状態にあらず。
他計甚麽(竹島)雑誌 (旧字旧仮名) / 松浦武四郎(著)
彼等の間に於いても、此処と同じ警句や皮肉が、序を追うて出て来るのだつた。けれどもその調子の中には、私はおもしか少くとも此処に於いて在るやうな、自己誇示の響はないやうに思はれた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
安易で架空な有頂天を幸福と感じ
寒い夜の自我像 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
苫屋 邪魔すると敵と見すぞ。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
私の取りしてやつた言葉に調子づいたものか老婢は、大びらでひろ子の店に通ひ、ひろ子の店の事情をいろ/\私に話すのであつた。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
例の支那人が口癖に誇った忠君愛国などもこの伝で、毎々他国へ売却されて他国の用をしたと見える。いましめざるべけんやだ。
が、しかし、その落ち着きには似ず、思いしかこの部屋の中だけはそこらじゅうに声を潜めた眼が光って周囲からのぞかれているよう気持がした。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
なんなにがし帽子ばうしばかり上等なのをかぶつてゐる。あの帽子さへなければいのだが、——かう云ふ言葉をす人がある。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
内潰ないかい外逼がいひつ趨勢すうせいは、遂に徳川幕府において、天保の改革を喚起せしめたり。天保の改革は則ち水野忠邦の改革なり。彼は何人なんぴとぞ、彼は何事をせしぞ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
こはいはでもの事なるをある人が、はやこと切れたる病人と一般に見し候は、如何にも和歌の腐敗の甚しきにあきれて、一見して抛棄ほうきしたる者にや候べき。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
又その歌ひ給ふところは皆君が上なるやうに聞きされたり、地下のいはやに迷ひ入りし少年と畫工とは、君とフエデリゴの君とに外ならず思はれたりといふ。
外から戻って来た乙若の妻は、して、井戸に冷やしてある西瓜すいかを上げ、日吉にも割って与えた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とうには道教が盛であった。それは道士等どうしらが王室の姓であるのを奇貨として、老子を先祖だと言いし、老君に仕うること宗廟そうびょうに仕うるがごとくならしめたためである。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この罪を告白し懺悔ざんげせばわざわいおのずから去るべしとして、経験と神学と常識とをもってヨブを責める。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
ちょっと始めて面会した人がなんだか虫が好かぬと思うと、すぐに悪人のごとく思いした。しかしてそう思えばその人のすること為すことが、一部始終しじゅう不正のように見ゆる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)