修羅しゅら)” の例文
なんでも下駄を間違えたやつを、一人がなぐり飛ばしたのが原因もとで、芋をむような下足場が、たちま修羅しゅらちまたとなってしまいました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
雪之丞は、さも、こころよげな、亡き父、亡き母の、乾いた笑いが、修羅しゅらの炎の中から聴えて来るような気がして、涙が流れて来た。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
しかし内心は修羅しゅらを燃やしている。鮫洲の鯨を横取りしたのも、商売上の競争ばかりでなく、お常を取られた遺恨がまじっていたのだ。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……と言ふとたちまち、天に可恐おそろしき入道雲にゅうどうぐもき、地に水論すいろん修羅しゅらちまたの流れたやうに聞えるけれど、決して、そんな、物騒ぶっそう沙汰さたではない。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
だが六十年前の私は、一度は二頭立ての馬車にのって、芸妓買いをしてやろうと、修羅しゅらの妄執に燃えていた。それも東京の芸妓ではない。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
自分は恐ろしい修羅しゅらに身を燃やしながら、もう生命いのちがけであくまでも自分の悪運に突撃してゆこうとする涙ぐむような意地になって来た。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
理解と誤解との生む修羅しゅら——そして、こういうものが、時間の流れを背景にして、死と生とを交錯させながら、織りなして行く運命の劇。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「うん。もっともぢゃ。なれども他人は恨むものではないぞよ。みなみづからがもとなのぢゃ。恨みの心は修羅しゅらとなる。かけても他人は恨むでない。」
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
思うに欧州の天地は今や大乱爆発して修羅しゅらのちまたと化しつつあるが、何人もこの大戦の真の当局者が英独二国なることを疑う者はあるまい。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
『何か有るのですか』と聞いたら、『今しも、内務大臣官邸はこれ/\で、』と、官民斬りつ斬られつの修羅しゅらを話された。
東京市騒擾中の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
かくも、怖ろしい葛藤かっとうと、果て知れぬ修羅しゅらを現じてきてしまった。この禍いの元が、おのれの罪と知った日に、見返りお綱は、どう変るだろう?
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この生地獄の修羅しゅらの場で、たった一つだけ餓鬼どもから、仏とも阿弥陀とも思われて、その来迎らいごうを待ちわびられる一人の不思議な老人があった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
またその陥穽おとしあなは雪山の谷間よりもひどいものがあるであろうけれども、そういう修羅しゅらちまたへ仏法修行に行くと思えばよいと決心致しました。その歌は
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
でなきゃ、文壇の噂で人の全盛に修羅しゅらもやし、何かしらケチを附けたがって、君、何某なにがしのと、近頃評判の作家の名を言って、姦通一件を聞いたかという。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それらの者はこの六月の末という暑気に重い甲冑を着て、矢叫やさけび太刀音たちおと陣鐘じんがね、太鼓の修羅しゅらちまたに汗を流し血を流して、追いつ返しつしているのであった。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「もはや修羅しゅらの時刻になったようです。阿修羅あしゅらどもがお迎えにまいったと申しております。お立ち下さい」
「拙者は竹腰藤九郎たけのこしとうくろうでござる、おしるし頂戴ちょうだいして、先君せんくん道三入道殿にゅうどうどの修羅しゅら妄執もうしゅうを晴らす存念でござる」
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この心で妬くのは一番毒で、むや/\修羅しゅらもやして胸に燃火たくひの絶えるがございませんから、逆上のぼせて頭痛がするとか、血の道がおこるとか云う事のみでございます。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
いわんや、かの戦争の如き、その最中には実に修羅しゅら苦界くがいなれども、事、平和に帰すれば禍をまぬかるるのみならず、あるいは禍を転じて福となしたるの例も少なからず。
政事と教育と分離すべし (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
規律が僅かでも保たれているのは本隊付近ばかりで、それを一寸はずれると此の漠々たる密林の中には、支柱を失った兵たちが修羅しゅらのように青ざめてさまよい歩くらしかった。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
二人が、押問答をしているとき、新宿の大通りでは、突如として、修羅しゅらちまたが、演出された。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ても耳の底に残るようになつかしい声、目の奥にとどまるほどにしたしい顔をば「さようならば」の一言で聞き捨て、見捨て、さて陣鉦じんがねや太鼓にき立てられて修羅しゅらちまたへ出かければ
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
この街が一朝にして修羅しゅらちまたと化すのだ。革命のとばっちりを受ける市民は気の毒だが
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
海陸飛脚の往来櫛歯くしのはくよりもいそがわしく、江戸の大都繁華のちまたにわか修羅しゅらちまたに変じ、万の武器、調度を持運び、市中古着あきなう家には陣羽織じんばおり小袴こばかま裁付たっつけ簑笠みのかさ等をかけならべ
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
残念さ、嫉視しっしねたましさ! すべての悪の根源をなす修羅しゅら妄執もうしゅうであったろう。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
とう修羅しゅら西さいは都に近ければ横川よかわの奥ぞ住みよかりけると云う歌がある通り、横川が一番さびしい、学問でもするに好い所となっている。——今話した相輪橖そうりんとうから五十丁も這入はいらなければ行かれない
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
戦場でのすさまじい砲声、修羅しゅらちまた、残忍な死骸、そういうものを見てきた私には、ことにそうした静かな自然の景色がしみじみとみ通った。その対照が私に非常に深く人生と自然とを思わせた。
『田舎教師』について (新字新仮名) / 田山花袋(著)
当時とうじわたくしどものむねにはまさ修羅しゅら業火ごうか炎々えんえんえてりました。
冷遇ふッて冷遇て冷遇ふり抜いている客がすぐ前のうちあがッても、他の花魁に見立て替えをされても、冷遇ふッていれば結局けッく喜ぶべきであるのに、外聞の意地ばかりでなく、真心しんしん修羅しゅらもやすのは遊女の常情つねである。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
それが偶然にもこの修羅しゅら場に落ちあったものであろう。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「うん。もっともじゃ。なれども他人はうらむものではないぞよ。みなみずからがもとなのじゃ。恨みの心は修羅しゅらとなる。かけても他人は恨むでない。」
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
次右衛門親子は内心修羅しゅらを燃やして、なにか事あれかしと狙っているという始末、それでは無事に納まる筈がありません。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
抜き身を持った島津方の武士、抜き身を持った水戸方の男女! いわば修羅しゅらの戦場である。その間に立った薬草道人、平然とモカと話し出した。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ワーッというときの声は、もう山門ちかくまで聞えてきた。寺内は、本堂ほんどうといわず、廻廊かいろうといわずうろたえさわぐ人々の声でたちまち修羅しゅらとなった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
戈鋋剣戟くわえんけんげきを降らすこと電光の如くなり、盤石ばんじゃく岩をとばすこと春の雨に相同じ、然りとはいへども天帝の身には近づかで、修羅しゅらかれがために破らると……」
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それよりも、広海屋、長崎屋、お互に同業、胸の中に、修羅しゅらのほむらを燃やしているに相違あるまいが、それをつこうて一狂言、そなたにも書けそうなものだが——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
さても方様かたさまの憎い程な気強さ、ここなり丈夫おとこの志をぐるはとむれ同志どうしを率いて官軍に加わらんとし玉うをとどむるにはあらねど生死しょうじ争う修羅しゅらちまたふみりて、雲のあなたの吾妻里あづまじ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
倶利伽羅くりからを汽車で通った時、峠の駅の屋根に、車のとどろくにも驚かず、雀の日光に浴しつつ、屋根を自在に、といの宿に出入ではいりするのを見て、谷にさきのこった撫子なでしこにも、火牛かぎゅう修羅しゅらちまたを忘れた。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
修羅しゅらちまたが想像される。炸弾さくだんの壮観も眼前に浮かぶ。けれど七、八里を隔てたこの満洲の野は、さびしい秋風が夕日を吹いているばかり、大軍の潮のごとく過ぎ去った村の平和はいつもに異ならぬ。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
だから生まれながら修羅しゅらたけびの中におびえ、母乳も出ぬほどだったし、はたして人なみにこの子が育つか否かさえもあやぶまれたことであった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうして日夜父の魂は修羅しゅらちまたを駈け巡り、お前の夢に現われたり、お前と話をしたいために巴ヶ淵の水底へこのように引き入れたりするのじゃわい
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
長崎屋が、広海屋に対して、どんなに修羅しゅらをもやしているかは、雪之丞がよく知っている——それに負けぬ妄念もうねんを、広海屋の方でも抱いているのは当然と思われた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
雨月 繋念けねん五百しょう、一念無量劫とは申しながら、罪ふかいは修羅しゅらの妄念でござりまする。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
え、万々そんなことはないとは思っておりますが、それでも、あちらの道が修羅しゅらちまたで通りにくうございますから、道をまげてこちらへまいる途中でございます。もしや、お雪ちゃんらしい人を
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いつかはまたもっと手ひどく仇を受けるぢゃ、この身終って次のしゃうまで、その妄執まうしふは絶えぬのぢゃ。つひには共に修羅しゅらに入り闘諍とうさうしばらくもひまはないぢゃ。必らずともにさやうのたくみはならぬぞや。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
あけてもくれてもひじさすきもを焦がし、うえては敵の肉にくらい、渇しては敵の血を飲まんとするまで修羅しゅらちまた阿修羅あしゅらとなって働けば、功名トつあらわれ二ツあらわれて総督の御覚おんおぼえめでたく追々おいおいの出世
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして、彼女は母らしく、あとやさきの子達に心をひかれながら、修羅しゅらのなかを、半ば、狂気したように急いでいた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そういう乱闘の修羅しゅらの場をめぐって、うねり、波立ち、崩れ、集まり、また押し寄せたり退いたりしていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いつかはまたもっと手ひどく仇を受けるじゃ、この身終って次のしょうまで、その妄執もうしゅうは絶えぬのじゃ。ついには共に修羅しゅらに入り闘諍とうそうしばらくもひまはないじゃ。必らずともにさようのたくみはならぬぞや。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
合戦は今、どこにもなく見えるが、関ヶ原の役はんでも、平和の裏の人生の戦はあんなものどころか、いよいよ修羅しゅらと術策のちまたを作っているのだぞ。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)