茫々ばうばう)” の例文
混沌こんとんといはうか、渺漠べうばくといはうか、一目茫々ばうばうたる国土を見おろしたが、その時にも到頭雁が飛ばなかつた。
雷談義 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
我々は唯茫々ばうばうとした人生の中にたたずんでゐる。我々に平和を与へるものは眠りの外にあるわけはない。あらゆる自然主義者は外科医のやうに残酷にこの事実を解剖してゐる。
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そんな時間なのかと、ゆつくり起きて、富岡はしばらくベッドで煙草を吸つた。づきづきと頭が痛んだ。何をしたらいゝのか、一向に、躯は動きたがらない。すべてが茫々ばうばうとしてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
茫々ばうばうとした枯野の暮色が、一痕いつこんの月の光もなく、夢のやうに漂つてでもゐたのかも知れない。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
陰晴いんせい定りなき感情の悲天の下に、或は泣き、或は笑ひて、茫々ばうばう数年の年月をけみせしが、予の二十一歳に達するや、予が父は突然予に命じて、遠く家業たる医学を英京竜動ロンドンに学ばしめぬ。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
僕の意識してゐない部分は、——僕の魂のアフリカはどこまでも茫々ばうばうと広がつてゐる。僕はそれを恐れてゐるのだ。光の中には怪物はまない。しかし無辺の闇の中には何かがまだ眠つてゐる。
闇中問答 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)