“殤(しょう)” の例文
一男一女があった。男は殤(しょう)し、女は吉見村の根岸氏に嫁した。著書には既に記したものの他に『静軒一家言』二巻。『痴談』二巻がある。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
開封府(かいほうふ)に居らしめ、第六子楨(てい)を楚(そ)王とし、武昌(ぶしょう)に居らしめ、第七子榑(ふ)を斉(せい)王とし、青州府(せいしゅうふ)に居らしめ、第八子梓(し)を封じて潭(たん)王とし、長沙(ちょうさ)に居(お)き、第九子杞(き)を趙(ちょう)王とせしが、此(こ)は三歳にして殤(しょう)し
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この年万延元年六月二日に枕山の長子が生れると間もなく殤(しょう)した。母は太田氏梅である。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
予ヲ視(み)テ外人ト為(な)シ啼泣(ていきゅう)シテ止(や)マズ。留ルコト三日ニシテ乃チ発ス。八月登米県ニ赴任ス。一家東西相隔ツルコト二千余里。汝今茲(こんじ)庚午六月二十五日ヲ以テ殤(しょう)ス。訃(ふ)ハ八月十四日ヲ以テ至ル。嗟乎(ああ)。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)