杳然ようぜん)” の例文
イクバクモ亡クシテ彦之ハ房州ニ帰リ彼此かれこれ訊問杳然ようぜんタルコト数年ナリ。庚戌ノ秋余事アリ房州ニ赴キよぎリテ彦之ヲ見ル。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
昔しの人はそうこそ無上むじょうなれと説いた。く水は日夜を捨てざるを、いたずらに真と書き、真と書いて、去る波の今書いた真を今せて杳然ようぜんと去るを思わぬが世の常である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
結婚の世話になって以来、碌にしみじみ話をする機会も無いうちに、今井は杳然ようぜんとしてしんだ。
友人一家の死 (新字新仮名) / 松崎天民(著)
舟は杳然ようぜんとして何処いずくともなく去る。美しき亡骸なきがらと、美しききぬと、美しき花と、人とも見えぬ一個の翁とを載せて去る。翁は物をもいわぬ。ただ静かなる波の中に長き櫂をくぐらせては、くぐらす。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)