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更級日記
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さらしなにっき
ふりがな文庫
“
更級日記
(
さらしなにっき
)” の例文
酒はそれ以前には
酒甕
(
さかがめ
)
の中で造っていた。『
更級日記
(
さらしなにっき
)
』の文にも見えているように、その甕は土中に作り据えてあって、酒を運ぶにはさらに小さな
瓶
(
かめ
)
を用いていた。
木綿以前の事
(新字新仮名)
/
柳田国男
(著)
ことに『伊勢物語』や『源氏物語』や『
夜半
(
よわ
)
の
寝覚
(
ねざめ
)
』がつくられているではないか、それにまた『
蜻蛉日記
(
かげろうにっき
)
』や『
枕草紙
(
まくらのそうし
)
』や『
更級日記
(
さらしなにっき
)
』やのような美しい日記随筆の類が生れているではないか
中世の文学伝統
(新字新仮名)
/
風巻景次郎
(著)
『
更級日記
(
さらしなにっき
)
』の著者は、東国の
田舎
(
いなか
)
にいた娘の時代から文学書を読んで、どうか女に生れた上は『源氏物語』の
夕顔
(
ゆうがお
)
や
浮舟
(
うきふね
)
のような美しい女になって
少時
(
しばらく
)
でも
光源氏
(
ひかるげんじ
)
のような
情
(
なさけ
)
ある男に思われたいと
離婚について
(新字新仮名)
/
与謝野晶子
(著)
“更級日記”の解説
『更級日記』(さらしなにっき / さらしなのにき)は、平安時代中期頃に書かれた回想録。作者は菅原道真の5世孫にあたる菅原孝標の次女・菅原孝標女。母の異母姉は『蜻蛉日記』の作者・藤原道綱母である。夫の死を悲しんで書いたといわれている。作者13歳(数え年)の寛仁4年(1020年)から、52歳頃の康平2年(1059年)までの約40年間が綴られている。全1巻。『蜻蛉日記』『紫式部日記』などと並ぶ平安女流日記文学の代表作の一に数えられる。江戸時代には広く流通して読まれた。
(出典:Wikipedia)
更
常用漢字
中学
部首:⽈
7画
級
常用漢字
小3
部首:⽷
9画
日
常用漢字
小1
部首:⽇
4画
記
常用漢字
小2
部首:⾔
10画
“更級”で始まる語句
更級
更級郡