斉彬なりあきら)” の例文
旧字:齊彬
この頃亡くなられた君侯は薩州から養子に来た人で、薩州では有名な斉彬なりあきら公が西洋通で、この縁からも、新知識が我が藩に注入されていた。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
松平楽翁にあらずして、山崎闇斎あんさいにあり。島津斉彬なりあきらにあらずして、吉田松陰にあり。彼らはその力量に比較して、ややもすれば大なる出来事の張本人たり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
斉彬なりあきらは、この父の子であった。だが、幼少から重豪に育てられて、洋学好みの上に、開国論者であった。そして、自然の情として、父斉興とは、親しみがうすかった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
七月三日に松平薩摩守さつまのかみ斉彬なりあきら家来戸塚静海とつかせいかい、松平肥前守斉正なりまさ家来伊東玄朴いとうげんぼく、松平三河守慶倫よしとも家来遠田澄庵とおだちょうあん、松平駿河守勝道かつつね家来青木春岱しゅんたいに奥医師を命じ、二百俵三人扶持を給した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)