“慄(ぞく)” の例文
早稲田大学に初めて野球部なるものゝ存在を見たのは、忘れもせぬ三十四年の十一月で、寒風肌を刺す戸山原頭(とやまげんとう)に、発会試合(マツチ)を挙げた其日の寒さは、今思ひ出しても襟元が慄(ぞく)々する位だ。