“弾正少弼”のいろいろな読み方と例文
読み方(ふりがな)割合
だんじやうせうひつ50.0%
だんじょうしょうひつ50.0%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
“弾正少弼”を含む作品のジャンル比率
歴史 > 日本史 > 日本史1.2%
文学 > 日本文学 > 小説 物語0.1%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
上杉謙信の如きは、年二十三の時、朝廷から従四位下弾正少弼だんじやうせうひつに叙任されると、朝恩の厚きに感激し、「我ながらにして、官爵を受く、これ恐らくは人臣の大義に非ず。まさに上洛して天恩を拝謝せん」と云つて、二度まで京都に上つてゐる。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
量長は長近より五代目に当る公義の子で、文化九年十二月十三日誕生、文政八年三月廿八日十四歳を以て元服、越後権介ごんのすけに任じ、同日院昇殿をゆるされ、その後弾正少弼だんじやうせうひつを経て修理大夫に至り、位は天保十三年十二月廿二日従四位上に叙せられたことまでは、地下家伝ぢげかでんによつて知ることが出来る。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「ご一族では、阿曾あそ弾正少弼だんじょうしょうひつ、名越遠江守、大仏陸奥守おさらぎむつのかみ伊具いぐノ右近大夫、長崎四郎左衛門」
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一団の影は立ちよどんだ。そのうちには、土岐とき弾正少弼だんじょうしょうひつ頼遠よりとお、二階堂下野しもつけノ判官行春などという者がいた。どっちも歴々な武家だった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)