あずち)” の例文
矢はあずちの上を遥かに越えて、その後ろのまばらな木立を抜け、隣の庭——植木屋の松五郎の庭——へと飛んで行きます。それからほんのしばらくの後——。
「それ、——こんな法要はごまかしだ、と喚いていた若者よ」と和尚は云った、「おまえさんのほうへ指を突きつけていたが、眼つきはあずちの的をねらっているようだったぞ」
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
顎十郎は先に立って厩を離れ、矢場のあずちのうしろをまわって塀ぎわのひろい空地に出ると、急に足をとめ、蟠屈ばんくつたる大きな老松おいまつこずえをさしながら藤波のほうへ振りかえり
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
私が弓をひいたあずちがまだあるのを聞いて今昔の感に堪えん。何だかもう一遍行きたい気がする。道後の温泉へも這入りたい。あなたと一所に松山で遊んでいたらさぞ呑気な事と思います。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかし矢は地面をはってあずちまで達しない。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
あずちを越して、この羽目へ射込むには、坊主矢じゃ駄目だ。新助が本矢鏃ほんやじりを使ったのはそのためさ」
甲斐は「さて」といってはじめて、構えていた弓をおろし、あずちにいる大助を招いた。堀内大助は惣左衛門の二男で、今年十四歳になり、三年まえから甲斐の側に勤めていた。
ヒュン、と澄んだ弓弦ゆづるの音がし、弓から離れた矢は、矢羽根をキラキラ光らせながら、糸を引いたように真っ直ぐにあずちのほうへ飛んでゆく。的の真ん中に矢が突き立って、ブルンと矢筈を震わせる。
「まだ解らねえ、——手前と重吉兄哥は、ここを真っ直ぐにあずちの前を通って、木戸をあけて、ゆっくり植木屋の裏へ出てくれ、何か変った事があったら、遠慮なく声を出してもいい」
あずちのあたりで小さな点になったとみると、こころよい音をたてて的につき立った。
日本婦道記:箭竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
長六閣下は、あずちのほうへ向きなおって、ゆぎから矢を抜き出す。