厦門アモイ)” の例文
同行の神谷宗湛そうたんの父の紹策しょうさくなどは、もう天文初年頃から朝鮮へも渡っているし、中国にも行き、厦門アモイ柬蒲寨カンボジヤなどとも交易していた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これよりして支那国古来の政法はなはだ錯乱し、海口五処を開いて欧羅巴人の地となさしむ(五所の地方は即ち広州、福州、寧波ニンポー厦門アモイ、上海という)
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
三人一緒に厦門アモイに行き、同じ船で汕頭スワトウに寄り、そこから潮州へ遊びに往復し、それから香港に出て、広東の日本領事館に泊めてもらって、あの辺を見物した。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
上滝嵬かうたきたかし これは、小学以来の友だちなり。くわいはタカシと訓ず。細君の名は秋菜あきな秦豊吉はたとよきち、この夫婦を南画的夫婦と言ふ。東京の医科大学を出、今は厦門アモイなんとか病院に在り。
学校友だち (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
信長公がお偉いの、太閤様がどうだのといっても、もし商人がなかったら、聚楽じゅらくも桃山も、築けはしない。異国からいろんな物もはいりはしない。わけてもさかい商人はな、南蛮なんばん呂宋ルソン、福州、厦門アモイ
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)