いたは)” の例文
圭一郎が父に要求する千登世へのいたはりの手紙は彼が請ひ求めるまでもなくこれまで一度ならず二度も三度も父は寄越したのであつた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
妻をいたはる心持ちの、拘泥なく、しかも深い愛をこめて見える。宴歌として当座に消え失せなかつたのも、故のあることである。
叙景詩の発生 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
が、やがて相手の将校は、この児猫のやうな令嬢の疲れたらしいのに気がついたと見えて、いたはるやうに顔を覗きこみながら
舞踏会 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
日頃あるにかひなき自分をば慰めいたはり、教へさとしてくれるすべての親しい人達から遠く離れて全く気儘になつた一身をば偶然たま/\かうした静な淋しいさかひに休息させると
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
兎に角、作者達が互ひに真面目にいたはり合ふのは好いことに違ひない。
通俗小説 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
さういふじぶんを やさしくいたはる掌が
独楽 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
結婚生活の當初咲子は豫期通り圭一郎を嬰兒えいじのやうに愛しいたはつてくれた。それなら彼は滿ち足りた幸福に陶醉しただらうか。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
おほくにぬしが、白兎をいたはつた様に、此ミカドにも、民のかまどの「仁徳」がある。此帝の事蹟では、儒者の理想に合する部分だけが、強調して現されてゐる。
万葉びとの生活 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
新公はちよいと口をつぐんだ。がお富は頬笑んだぎり、懐の猫をいたはつてゐた。
お富の貞操 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
我々はそこにクリストと握手し、クリストを抱き、——更に多少の誇張さへすれば、クリストの髯の匂を感じるであらう。しかし荘厳にもいたはりの深いヨハネのクリストもしりぞけることは出来ない。
続西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
半生の間に、母が私の退校当座の短時日ほど、私をいたはり優しくしてくれたためしはなかつた。母はかね/″\私を学校から引き退げようと、何程陰に陽に父に含めてゐたかもしれなかつたから。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
むしろ次第に感傷的になつた僕はたとひ死別するにもしろ、僕の妻をいたはりたいと思つたからである。同時に又僕一人自殺することは二人一しよに自殺するよりも容易であることを知つたからである。
或旧友へ送る手記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)