“かういん”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
庚寅50.0%
后胤50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
此清常は過去帳の一本に載せてあり、又壽阿彌の位牌の左邊に「戒譽西村清常居士、文政十三年庚寅かういん十二月十二日」
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
嘉永元年戊申ぼしん八月二十九日と書し、左右に戒譽西村清常居士、文政三年庚寅かういん十二月十二日、松壽院妙眞日實信女、文化十二年乙亥おつがい正月十七日と書してある。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
追加三人の最も右に居るのが眞志屋十一代の壽阿彌、次が十二代の「戒譽西村清常居士、文政十三年庚寅かういん十二月十二日」、次が「證譽西村清郷居士、天保九年戊戌ぼじゆつ七月五日」
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
牧之ぼくしおもへらく、鎮守府将軍ちんじゆふしやうぐん平の惟茂これもち四代の后胤かういん奥山おくやま太郎の孫じやうの鬼九郎資国すけくに嫡男ちやくなん城の太郎資長すけながの代まで越後高田のほとり鳥坂とりさか山に城をかまへ一国にふるひしが