せな)” の例文
打見たよりも山は高く、思うたよりも路は急に、靴の足は滑りがちで、約十五分を費やして上り果てた時は、ひたいせなあせばんで居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
われはハヤゆうべ見し顔のあかき老夫おじせなに負われて、とある山路をくなりけり。うしろよりはかのうつくしき人したがい来ましぬ。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今何かいいつけられて笑いを忍んで立って行く女のせなに、「ばか」と一つ後ろ矢を射つけながら、むすめはじれったげに掻巻かいまき踏みぬぎ
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
さっきから、もう、何度彼女の手に触れようとして、せなへ手を回そうとして、そのたんびに胸をとどろかせていたか、知れないのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
ウヰルソンの義弟といふのは、たけ七尺もあらうといふ背高男のつぽで、道を歩く時にはお天道様てんとうさまが頭につかへるやうに、心持せなかゞめてゐた。
かういふ最初の記憶はウオタアヒアシンスの花の仄かに咲いた瀦水たまりみづそばをぶらつきながら、從姉いとことそのせなに負はれてゐた私と
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
いや、あの容貌の醜い若者でさえ、今となっては相手のせなからさっきもたげた大盤石だいばんじゃくを取りのける事が出来るかどうか、疑わしいのは勿論であった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私はくるりとせなを向けて寝た振りをしていた。そしてそのまま黙って寝入ってしまおうとしたが、胸は燃え、頭はえて寝られるどころではない。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
傴僂せむしのように尖った老僧のせなは後ろを向けたままで、カチ、カチ、と土へ鍬を入れている調子に少しも変りはなかった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『あゝア、やうやう來ましたな。……まア綺麗きれいやこと。』と、お光は石段をせなにして立ちつくしつゝ、西の空を眺めた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
襖にピッタリせなをもたせ、立ちすくんでいる幹之介、額から汗が眼へはいる。「俺には出来ない! 俺には出来ない」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
倒れた下は梯子段ゆえドシン/\と頭からせなから腰のあたりを強く叩きながら頭が先になって転げおちる、落た下に丁度丸い物があったから其上へヅシンと頭を突く
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
のみならず、一寸路をれて、かの有名な田中の石地蔵のせなを星明りに撫づるをさへ、決して躊躇せなんだ。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そして、二人はおもちゃの様な驢馬のせなまたがって、奥底の知れぬ、闇の森へと進み入るのでありました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そればかりか、肩もせなも、腰のまわりも、心安く落ちついて、いかにも楽に調子が取れている事に気がついた。彼はただ仰向あおむいて天井てんじょうから下っている瓦斯管ガスかんを眺めた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
武丸はそのせなを撫でて「何事も因縁です。因縁は運命よりも何よりも貴いものです」と云った。
黒白ストーリー (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
ああかの無邪気なる昔、かの楽しかりし昔をたどりて見れば、わが身は今も御身の傍にあるが如くに覚ゆるものを。わが膝に泣き伏す御身のせなを撫でいる如く覚ゆるものを。
一夜のうれい (新字新仮名) / 田山花袋(著)
さて子良をせなにおぶつて、天へヒラ/\/\と昇らうとしました。ところがドツコイそんなうまいことは出来ません。如何いかに昇らうとしても、身体からだがちつとも浮かないのです。
子良の昇天 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
道場へいってみると、門人たちは居堪いたたまらなかったとみえて誰もいず、師の市郎左衛門が俯伏うつぶせにうずくまっている武田平之助のせなへ、竹刀でぴしぴしと烈しい打擲ちょうちゃくをくれていた。
主計は忙しい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
貢さんは、阿母さんの機嫌を損じたなと思つたので、そつせなを向けて四五あし引返した。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
その人は悄然として俯向き乍らトボトボと歩いて来るが、その人のせなに展けた一線の野道は、遥遥と遂ひに小さな一点と化し凋んで果つる所まで何物の姿をもほかに印してゐなかつた。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
須坂にて昼餉ひるげ食べて、乗りきたりし車を山田までがせんとせしに、いなみていう、これよりはみちけわしく、牛馬ならではかよいがたし。偶〻牛きて山田へ帰る翁ありて、牛のせな借さんという。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
平次は、万七の皮肉な目をせなに感じながら、左孝の枕元へ中腰になりました。
その言葉に従いぜんを支度してヤマハハに食わせ、その間に家を遁げ出したるに、ヤマハハは飯を食い終りて娘を追い来たり、おいおいにそのあいだ近く今にもせなに手のるるばかりになりし時
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
覆り物は肩からせなの方まで垂らしてあつた。健康ではちきれるやうな肉体の線が着物に表はれてゐた。少女は長い間然うして夏草の中に居たのであらう。彼女たちは草を苅つてゐるのであつた。
トラピスト天使園の童貞 (新字旧仮名) / 三木露風(著)
暑さはいよいよ加わって木の間を洩れる陽射しにもせなをやかれるよう
痀女抄録 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
……嬰児みずごのために乳母うばを雇うというがごときはもちろんできがたきことにてそうろうゆえ、わたしは胸やせなの絶えず恐るべき痛みを感ずるにかかわらず、自身の乳にて子供を育てることに決心いたし候。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
せなを見せ帰りゆく老父ちちドアに来てつまづくときをへだつ金網あみあり
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
神のせなにひろきながめをねがはずや今かたかたの袖こむらさき
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
その時せな嬰児あかんぼがひいひいと云うようにないた。
焦土に残る怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「あなたおせなに綿屑かしら喰っついていますよ」
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
即ち先に逃るべく退きかくる彼のせな、 40
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
己がこのせなの上に載せて行って
彼は静に女のせなに手をかけた。
瘢痕 (新字旧仮名) / 平出修(著)
わがせなをそとでましぬ。
おもひで (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
三 ふくろをせなにのしょ。
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
まだまだおせな
歌時計:童謡集 (旧字旧仮名) / 水谷まさる(著)
せなまるう
測量船拾遺 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
せなすりて
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
われはハヤゆうべ見し顔のあかき老夫おじせなに負はれて、とある山路やまじくなりけり。うしろよりはのうつくしき人したがひ来ましぬ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
で、おつかな吃驚びつくり卓子テーブルの下から足を伸ばして、恋人の足の甲をそつと踏んでみた。足の甲は三毛猫のせなのやうに柔かかつた。
彼は腹立たしそうにこう云うと、くるりと若者にせなを向けて、大股にから歩み去った。若者はしかし勾玉をてのひらの上に載せながら、あわてて後を追いかけて来た。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それでは子供がせなに負われて大人といっしょに歩くような真似をやめて、じみちに発展の順序を尽して進む事はどうしてもできまいかという相談が出るかも知れない。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
亡くなッた人をこう申すのははしたないようですが、気あらな、押し強い、弁も達者で、まあ俗にせなかを打ってのどをしむるなど申しますが、ちょっとそんな人でした。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「おおそれでは市之丞様は活きておいででございましたか、お願いでござります老師様、せなから下ろして下さりませ。市之丞様が土牢の中からわたしを呼んでおりまする」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
風吹き通す台所だいどこに切ってある小さなに、木片こっぱ枯枝かれえだ何くれとされる限りをくべてあたっても、顔は火攻ひぜめせな氷攻こおりぜめであった。とめやが独で甲斐々々しくけ廻った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
一句一句幼い子をせなで揺り上げているようなその老爺の涙をそそる悲しげな声だけは、地の底からでもい上って来るように私の心に滲み、魂に滲み身に滲みわたってきた。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
二人の卑小なる人間は、驢馬のせなの上で、かしらを垂れて一語をも語りません。千代子はふと顔を上げて口を動かし相にしましたが、そのまま言葉を発しないでうなだれました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
幽宮かくりみやの幽趣たとしへもなき調しらべ、月光ほのかにむねに沁みわたるにも似て、この君ならではと思はるゝ優しさ、桂の枝にせなうちまゐらせむのたはぶれも、ゆめねたみ心にはあらずと知り玉へかし。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
殊に天井の下に横たわって居る梁などは恰で大きな巨蛇うわばみせなの鱗を動かして居るかと疑われる許りだ、余は自分が眩暈でもする為に此の様に見えるのかと思い、暫し卓子へ手を附いて居ると
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)