さえぎ)” の例文
はたと、これに空想の前途ゆくてさえぎられて、驚いて心付こころづくと、赤楝蛇やまかがしのあとを過ぎて、はたを織る婦人おんな小家こいえも通り越していたのであった。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いいのいいの」とおようがさえぎった、「いま髪を解いてますから、ちょっとたばねたらまいりますって、そう云っといてちょうだい」
ひとでなし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
自分が生きるということは、つまり人を殺すことだ……何の運命が、何の天罰が、この強烈なる生の力をさえぎる……と叫んでいるのか。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
カーテンの環はかすかにきしんで、その響を消したと同時に、セピア色の染のはいったカーテンは、彼の眼を外界からさえぎってしまった。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
この時崩れかかる人浪はたちまち二人の間をさえぎって、鉢金をおおう白毛の靡きさえ、しばらくの間に、めぐる渦の中に捲き込まれて見えなくなる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そして、今少しは良い方なのですか、どんなです? 私も一遍様子を見たいです」と、いうと、母親は、それをさえぎるような口吻こうふん
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
見究みきわめようとしているのであったが、いくじょうとも知れないほど深く湛えた蒼黒い水は、頼正の眼をさえぎって水底を奥の方へ隠している。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
日光をさえぎった高い塀が倒れてしまったので、隣の家の広い庭が彼の客間兼書斎の机の位置から、ひろびろと見渡せるようになった。
遺産 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
顔から生れる、いろいろの情緒、ロマンチック、美しさ、激しさ、弱さ、あどけなさ、哀愁、そんなもの、眼鏡がみんなさえぎってしまう。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
すると、室内には、入ったすぐのところに大きな衝立ついたてがあって、向うをさえぎっていた。その衝立の向うから、ふたたび声がかかった。
什器破壊業事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
されどわが胸にはたといいかなる境に遊びても、あだなる美観に心をば動かさじの誓いありて、つねに我を襲う外物をさえぎとどめたりき。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私は首を上げて空を仰いだ。が、鬱蒼うっそうとした松の枝にさえぎられて空は少しも見えない。頭の上では例の松風の音が颯々さっさつと聞えている。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お浪との会話はなしをいいほどのところにさえぎり、余り帰宅かえりが遅くなってはまた叱られるからという口実のもとに、酒店さかやへと急いで酒を買い
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
槍をってさえぎって来たので、気は上ずり、声は割れて、人には何と聞えたか、恐らく、意味をなしてはいなかったろうと思われる。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
にしこそ身体からだを大事にしろ。知らねえ他国で、病気でもしたら……」梅三爺は、涙にさえぎられて、言い続けることが出来なかった。
土竜 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「黙っといで。黙っといで」と泉太は父の言葉をさえぎるようにした。「節ちゃん、好いことがある。お巡査まわりさんと兵隊さんと何方どっちが強い?」
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その家というのもほんの名ばかりのような小屋から、もと私達の住んでいた母屋おもやとその庭は、高い板塀いたべいさえぎられて殆ど何も見えなかった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
仕方がないから葡萄の葉が陽をさえぎっている四阿あずまやの中で時間潰し旁々かたがた、心残りのないように遺言状を一通したためておくことにしたのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
同じような岩や、同じような谷や、同じような坂が、そこにも此処ここにも路をさえぎって、彼女かれらじと抑留ひきとめるようにも思われた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
僕が居ない時は機織場はたおりばで、僕が居る内は僕の読書室にしていた。手摺窓てすりまどの障子を明けて頭を出すと、椎の枝が青空をさえぎって北をおおうている。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
逃げて行くパルチザンの姿は、牛乳色ちちいろの靄にさえぎられて見えなかった。彼等はそれを、ねらいもきめず、いいかげんに射撃した。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
とても宥めたくらいでは累の怨霊おんりょう退かないと云うので、祈祷者きとうしゃを呼んで来て仁王法華心経におうほっけしんきょうを読ました。お菊はそれをさえぎった。
累物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
視野をさえぎるのは長崎屋の巨大なむね、——その下には、巨万の富を護るために抱えておくという、二人の浪人者の住んでいる離室はなれも見えます。
この影の奥深くに四阿屋あずまやがある。腰をかけると、うしろさえぎるものもない花畠はなばたけなので、広々と澄み渡った青空が一目ひとめ打仰うちあおがれる。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それがややしばらく続いたのち、和尚は朱骨しゅぼね中啓ちゅうけいを挙げて、女の言葉をさえぎりながら、まずこの子を捨てた訳を話して聞かすように促しました。
捨児 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
とがめるように言うのに、私は「いや……」とさえぎり、羞恥しゅうち真赤まっかになりながら「いや僕は、な、なにも……」とどもって言った。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
運命の限界げんかいがそこにあり、そのひとすじの河によってさえぎられた人生の行手には唯、際涯さいがいもなくひろがる無があるだけである。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
この村は、小さな村で一方は河にさえぎられ、往還から遠く隔っていて、暗い、淋しい、陰気な村である。古い大きな杉は村の周囲に繁っている。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
彼女の幸福をさえぎる者があったなら、私は脱獄をして、何人でも人殺しをしてやると、そう言っていたことを伝えてください。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
村川となみ子とをのせた自動車は、馬場先門から、宮城前の広場へ入り、あのさえぎる物もない大道を、冷たい夜風を巻き起しながら、疾駆した。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
食卓では平穏な生活の喜びについて談話が進められていたが、時々それをさえぎって、主婦が市の劇場や俳優の話を持ち出した。
一九〇四年ベルリンで大評判だった「伶俐なハンス」てふ馬は種々不思議の芸を演じ、観客麕集きんしゅうついに警官出張してその通行をさえぎるに及んだ。
その間、二三度伯林から汽車が着いて此の町の住宅へどやどやと帰って行く勤人の群集マッスが眼の前の広場をさえぎり通るのもあまり気にならなかった。
褐色の求道 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
今匈奴が西河せいがに侵入したとあれば、なんじはさっそく陵を残して西河にせつけ敵の道をさえぎれ、というのが博徳への詔である。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
余は何事なるや知らざれどこゝにて目科と共に馬車をくだり群集を推分おしわけて館の戸口に進まんとするに巡査の一人強く余等よらさえぎりて引退ひきしりぞかしめんとす
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
大濤おおなみのようなうねりを見せた収穫後の畑地は、広く遠く荒涼としてひろがっていた。眼をさえぎるものは葉を落した防風林の細長い木立ちだけだった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
するとその部屋と崖との間の空間がにわかに一揺れ揺れた。それは女の姿がその明るい電灯の光を突然さえぎったためだった。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
静子は夫の問いに答えようとしては意志の力では押える事の出来ない、泉のように湧いて来る歔欷すゝりなきの声にさえぎられて、容易に声が出ないのだった。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
と言って、その通りの真似をしたら、赤羽君が突如いきなり打ってかゝった。谷君は身をかわして逃げ出した。赤羽君が追っかけたら、佐伯君がさえぎった。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
奥に重いカーテンで人目をさえぎった開け放しの室があった。その広間から男声ばかりの、圧力が籠った談笑が響いて来た。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
トタンに来島が猛然として飛かかろうとしたから、吾輩が逸早いちはやさえぎり止めて力一パイ睨み付けてしずまらした。来島は柔道三段の腕前だったからね。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
云うことによって愈々いよいよ頭に血をのぼらせながら、そして、言葉は一層よろめくのであった。まだ誰も、とめようともさえぎろうともしないのであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
絵の好きであった彼は、十六七の時分には、絵師になろうとの希望をいだきはじめたが、それも母親にさえぎられて、修業らしい修業もしずにしまった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
天稟てんぴんにうけえた一種の福を持つ人であるから、あきないをするときいただけでも不用なことだと思うに、相場の勝負を争うことなどはさえぎってお止めする。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
竹鼻または竹ヶ花という地名が武蔵を始め諸方の川辺に多くあるのは、風害・水害を防ぐと同時に家を隠し遠目をさえぎる昔の田舎武士の武備であろう。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
いつの間にか乗客が殖えて、清三と鳥打帽の男との間はさえぎられた。清三が恐る恐る首をのばして男の方をながめると、男は相変らず夕刊に耽っていた。
被尾行者 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
湯嶋の高台からは海が見えるから、人家まばらに草茫々と目にさえぎるものもないその頃の鳥越からは海が見えたかも知れぬが、ちょっとな感じがする。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
... 山にぜんまいが出る時分には人のおなかへ虫がきますし」と言うをさえぎる妻君「オヤ薇と虫と何か関係がありますか」お登和嬢「ハイ薇は駆虫くちゅうの功があります。 ...
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
両手をひらき気味に、背後の千浪をさえぎって立ちはだかったまま、じっと、その大次郎の太刀捌たちさばきを眺めているのだ。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「今あなたは」と医者はさえぎった、「時間と空間を絶したところに生きていると言われましたね。しかし、あなたと私が現にこの部屋にり、そして今が」