あきら)” の例文
伊豆屋の若旦那が土左衞門になつたと聽いて、橋場まで行つて見ましたが、三輪の親分が睨め廻してゐるから、あきらめて歸りましたよ。
「——まああきらめるんですね、あなたの来ることは半月もまえにわかっていたし、どうやらあなたは赤髯に好かれたらしいですからね」
おっしゃってるじゃありませんか? どれもこれもみんな「さるべきちぎり」なのだと思ってあきらめてしまえば別に悲しいこともないわ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
「いいえ違います。あなたは何にも御存知ないのです」と太子は静かに、しかしあきらめ切ったように淋しい微笑をたたえて頭を振られた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
めてそんなものが一ぷくでもあつたらとおもつた。けれどもそれ自分じぶん呼吸こきふする空氣くうきとゞくうちには、ちてゐないものとあきらめてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「なんとか、あきらめさせましょう」と、ぜひなく答えたものの、いつか板挟みになっている万吉、はらの底では、密かに弱りぬいている。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平中の腹の底には矢張やはりそう云う風な己惚うぬぼれがあるので、あれ程にされてもなおりず、まだほんとうにはあきらめていなかったのであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
文学によって革命者もしくは反革命者になったのであって、みずから建設に協力してきた文学上の流行に、今はあきらめの念で従っていた。
けれどその時間の長短は、その人たちには実に余儀ない推移で、思いきりやあきらめでは到底満足されない生死の葛藤かっとうが無論あったはずだ。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
あきらめてしまったが、その翌晩になるとまた戸外でニャオと啼いた、また起きて、戸を開けて見てやったがそれっきり音沙汰が無い。
あの当時から数えてもう四カ月もっている今日、今迄行方ゆくえ不明の人が現れないとすれば、もう死んだとあきらめるよりほかはありません。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
「——せんの頃は、夜来ても、いつも留守るすだった。で、もうこの頃は、来るのをあきらめていたんだが」朝野は酒の入った光った顔を
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
母は悲しそうに首をれた。しばしば言葉もとぎれた。もう一度顔をあげたときにはあきらめたように、ややはきはきとものを言った。
しかし人間一生涯の中に一度でも面白いと思う事があればそれで生れたかいがあるんだ。時節が来たらあきらめをつけなくっちゃいけない。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そうするとあの人も見え隠れに後からついて来て、あの辺の横町でしばらく鼬鼠いたちごっこしているうちに、あきらめて帰って行ったものなの。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
が、彼は今までは、あきらめていた。日本婦人の教養が現在の程度で止まっている以上、そうしたことを、妻に求めるのは無理である。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
何の理由とも知らず、唯そういう運命の者だという迷信にあきらめを附けて日を送る女が世の中から貞女だと称讃される事となった。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
気も心もえきった祖母は、しまいにはあきらめたらしく、家の暮しがあまりに苦しいので、お金の工面に帰った母親が、金の工面ができず
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
あおい顔をしたおとなしい人で、さほどの年でもないのに、この頃は余り描かないらしい。何となく、あきらめているというような感じがする。
九谷焼 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そのうちに一箇月あまりの日がたってから、もうあきらめていたあの女の手紙が築地つきぢの病院から来た。それは怖ろしい手紙であった。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
いかんせん昔おもえば見ず知らずとこれもまた寝心わるくあきらめていつぞや聞き流した誰やらの異見をその時初めてきものなかから探りいだしぬ
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
贅沢の限りを尽くした人の最後の落著おちつき場所である。それが貴い悟りであるかも知れぬ、また止むを得ぬあきらめであるかも知れぬ。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「ほう、生理的神経的の歪みですか。そしてこれを復習する極めてまれな幸運ですか。いや、お蔭さまで、あきらめがついてきました」
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
だが恋もなく悋気もない世界は、悟りの世界です。スッパリあきらめた世界です。もうそこにはうき世の苦しみ、悩みはありませぬ。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
方なくそれはあきらめたが、そのころから割合わりあひに手先の器用きようわたしだつたので、「せう寫眞術しやしんじゆつ」の説明せつめいしたがつて、わたしはとう/\寫眞器しんき自作じさくこゝろざした。
小説家だか先生だか何だか知らないが、あの島田とくっついて学校を勝手にやめて、その時からもうおれはお前を死んだものとしてあきらめた。
冬の花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「ええ、あの時分はあなたがもうどうせ、私とは分れるものと思って、前のことなんぞはどうでもいいとあきらめてしまったから」
雪の日 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
彼は始めて空想の夢をさまして、及ばざるぶんあきらめたりけれども、一旦金剛石ダイアモンドの強き光に焼かれたる心は幾分の知覚を失ひけんやうにて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
片親の父に相談してみても物堅ものがたい老舗の老主人は、そんな赤の他人の白痴などにまっても仕方がないと言ってあきらめさせられるだけだった。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いろいろ頼んで見ましたが、つひにきいてくれませんでしたわい。これもわしには縁のないことだと、わしはあきらめましたぢや。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
あゝ云ふことになると云ふも、皆な前世からの約束事とあきらめてネ——それにうやつて此方こちらの先生様が御親切にして下ださるもんですから
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
己は自分の事を末流ばつりゅうだとあきらめてはいるが、それでも少し侮辱せられたような気がした。そこで会釈をして、その場を退いた。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
亭主に死に別れたはあきらめも付こうが、これはまた生きながら死んだも同然の亭主の顔を見るたびに想い出す、事実上の後家が大勢出来たのだ。
身も心も一つと思いあった二人が、全くの他人となり、しかも互いにあきらめられずにいながら、長く他人にならんと思いつつ暮した三月である。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
『さア行かう。』と、小池はお光の買つた物を知らうとするのをあきらめて、さつさと歩き出した。灰のやうな土埃つちぼこりが煙の如く足元から立つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ひどい苦痛の跡の弛緩ちかん、勝算の無い闘いの跡のあきらめが見える。こういう容態が昨今暫らくのあいだ見えずにいたという事に、女は急に気が付いた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
聞ば重五郎は船場ふなばにて横死わうしの由これまつたく儀左衞門殿が手にかけられしに相違さうゐなし然れば御内儀必ず我をうらみ給ふな是皆自業自得じごふじとくあきらめられよと申を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そして女のあきらめたような平気さが極端にいらいらした嫌悪を刺戟するのだった。しかしその憤懣ふんまんが「小母さん」のどこへ向けられるべきだろう。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
無理な事をさせてはならないというので、はたから勧めて早稲田に入れることにした。それからはあきらめて余り勉強をしない。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
いつの間にか病人のところへれてしまって、枕元まくらもとへ呼び寄せての度重なる意見もかねがね効目ききめなしとあきらめていた父親も、今度ばかりは、打つ
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
こちらの方はこれで良いとあきらめていた矢さきの折だっただけに、梶はまだ断ち切れぬ糸も感じて、ふとつまづくよろめきに似た思いもするのだった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
重くしても困りますからね。遅かれ早かれ一度はこういう時期が来るんでしょうからね、まああきらめるほかないでしょうよ
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
この笛が地上から姿を消してくれさえすれば、あのひとは月の国へ帰ることをあきらめるかも知れない筈だということを——
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
うっかり読んだり聞いたりすると、藍丸国に大変な事が起るのだ。とてもお前達に見せる事は出来ない。あきらめて早く帰れ
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
茶色が「いき」であるのは、一方に色調のはなやかな性質と、他方に飽和度の減少とが、あきらめを知る媚態、垢抜あかぬけした色気を表現しているからである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
マアそう云った理窟じゃねえか。貴様が余計なおせっかいをして、俺の正体を看破みやぶったのが運の尽きというものだ。自業自得とあきらめるがいいのさ。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
やむを得ぬこととあきらめて気持よくやろう——本気で掘って、そうして早くこの空想家にのあたり証拠を見せつけて
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
けてさむからうと、深切しんせつたにちがひないが、未練みれんらしいあきらめろ、と愛想尽あいさうつかしをれたやうで、くわつかほあつくなる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ぼくみたいに、弱気な人間には、ひとから侮辱ぶじょくされて抵抗ていこうの手段がないとあきらめ切る時ほど、悲しい事はありません。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
犬がくわえて行った靴のことは、彼はもうあきらめていた。発田がそれを穿いていることを、彼はある日見たのだから。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)