蚊柱かばしら)” の例文
江戸のもの音が、去った夏の夕べの蚊柱かばしらのように、かすかに耳にこもるきり、大川の水は、銀灰色ぎんかいしょくに濁って、洋々と岸を洗っています。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それからまたどの映画にも必ず根気よく実に根気よく繰返される退屈な立廻りが、どうも孑孒ぼうふらの群や蚊柱かばしらの運動を聨想させる。
雑記帳より(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ちゝなるものは蚊柱かばしらたつてるうまやそばでぶる/\とたてがみゆるがしながら、ぱさり/\としりあたりたゝいてうままぐさあたへてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
さかんなるかな炎暑えんしよいろ蜘蛛くもまぼろしは、かへつ鄙下ひなさが蚊帳かやしのぎ、青簾あをすだれなかなる黒猫くろねこも、兒女じぢよ掌中しやうちうのものならず、ひげ蚊柱かばしら號令がうれいして、夕立ゆふだちくもばむとす。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
軒端のきば蚊柱かばしらのように、どこからともなくあつまって子供こどもむれは、土平どへい前後左右ぜんごさゆうをおッいて、うもわぬも一ようにわッわッとはやしたてるにぎやかさ、長屋ながや井戸端いどばた
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
機体はほこりのように小さくしか見えません。しかしその数は蚊柱かばしらのように無数です。空一面を覆って、東へ東へと飛んでいるのです。爆音も蚊柱の唸りほどにしか聞えません。それ程高度が高いのです。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
蚊柱かばしらいしずゑとなる捨子すてこかな
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
晩餐ばんさんをはると踊子をどりこさそ太鼓たいこおとやうやしづけた夜氣やきさわがしてきこはじめた。のきつた蚊柱かばしらくづれてやが座敷ざしきおそうた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
自分の子供の時分、郷里ではそういう場合に「おらのおととのかむ——ん」という呪文じゅもんを唱えて頭上に揺曳ようえいする蚊柱かばしらを呼びおろしたものである。
試験管 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
僥倖さいはひらいこえなかつた。可恐おそろ夕立雲ゆふだちぐもは、くるまくにつれて、たうげをむかうさがりに白刃しらはきたかへした電光でんくわうとともにふもとくづれてはしつたが、たそがれの大良だいら茶屋ちやや蚊柱かばしらすさまじかつた。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しげれるなかよりめて、小暗をぐらきわたり蚊柱かばしらいへなきところてり。たもとすゞしきふかみどりの樹蔭こかげには、あはれちひさきものどもうちれてものひかはすわと、それも風情ふぜいかな。
森の紫陽花 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)