眺望ちょうぼう)” の例文
燦爛きらびやかなる扮装いでたちと見事なるひげとは、帳場より亭主を飛び出さして、うやうやしき辞儀の下より最も眺望ちょうぼうに富みたるこの離座敷はなれに通されぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
「ハハハ遠慮か。まあ来たまえ」と青年は否応いやおうなしに高柳君を公園の真中の西洋料理屋へ引っ張り込んで、眺望ちょうぼうのいい二階へ陣を取る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私達は眺望ちょうぼうのある二階の部屋へ案内された。田舎縞いなかじまの手織物を着て紺の前垂を掛けた、髪も質素に短く刈ったのが、主人であった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
快生が今まで居た下総しもうさのお寺は六畳一間の庵室で岡の高みにある、眺望ちょうぼうは極めて善し、泥棒の這入る気遣はなし、それで檀家だんかは十二軒
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
彼女は、ふとホテルの裏庭へ、出て見ようと思った。其処そこは可なり広い庭園で、昼ならば、はるか相模灘さがみなだを見渡す美しい眺望ちょうぼうを持っていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
中島の入り江になった所へ船を差し寄せて眺望ちょうぼうをするのであったが、ちょっとした岩の形なども皆絵の中の物のようであった。
源氏物語:24 胡蝶 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そうしてかくしのキャラメルを取り出して三つ四つ一度に頬張ほおばりながら南方のすそ野から遠い前面の山々へかけての眺望ちょうぼうをむさぼることにした。
小浅間 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それに夫の陣場にしても、野村にしても、約束が違ったことについては何の弁解もしないで、しきりにこの場所の眺望ちょうぼうめてばかりいるのである。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
言っておいてこちらを振り向くでもなく、眼はやはり遠い眺望ちょうぼうへ向けたままで、さもやれやれといったふうに石垣のはなのベンチへ腰をかけた。——
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
ある時は、トオラス山のはやぶさが、湖と草原と山脈と、またその向うの鏡のごとき湖との雄大ゆうだい眺望ちょうぼうについて語った。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ちょうどクリストフの室の窓の正面に、七階建ての家が建築されかかっていて、そのために眺望ちょうぼうがさえぎられ、クリストフは四方を閉ざされてしまった。
公園のうちにても、眺望ちょうぼう勝景しょうけい第一と呼ばれたる処に候へば、かたの如き巨大なる怪獣の腹の下、あしツある間をすかして、城のやぐら見え、森も見え、橋も見え
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そのせいばかりでなく、その露台の眺望ちょうぼうは、いつも彼のベッドの上から見えるのとは非常に様子がちがっていた。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
定雄は根本中堂が広場より低い窪地くぼちの中に建てられて、眼下の眺望ちょうぼうかなくさせて誤魔化してあるのも、苦慮の一策から出たのであろうと思ったが、すでに
比叡 (新字新仮名) / 横光利一(著)
あたりの土手にたくさんある灌木かんぼくはもう若々しい広い葉っぱを出しているし、路の両わきの木々も、それからところどころの樹の間から眺望ちょうぼうされるなだらかな山裾
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
しかし二度とも、眺望ちょうぼうには失敗した。一度は雨で、火口はほとんど視界ゼロで、何も見えなかった。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
時刻はすでに十二時を過ぎて、よいから降り出した雨は、ようやく本降りとなり、昼間はあれほど眺望ちょうぼうの美をほこった塔のてっぺんも、いまや黒暗々こくあんあんたるやみにつつまれている。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
眺望ちょうぼうのこれと指して云うべきも無けれど、かの市より此地まであるいは海浜かいひん沿いあるいは田圃たんぼを過ぐるみちの興も無きにはあらず、空気ことに良好なる心地して自然と愉快ゆかいを感ず。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
僕の家のものほし場は、よく眺望ちょうぼうがきくと思わないか。郊外の空気は、深くて、しかも軽いだろう? 人家もまばらである。気をつけ給え。君の足もとの板は、腐りかけているようだ。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
この客間は、武蔵野と富士山の眺望ちょうぼうを取り入れて、特別に四階に作った第二の小サロンで、その上が屋根下の物置、その上がもう屋上庭園の、古城型になった胸壁に続いて居るのです。
判官三郎の正体 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
一体木津川の渓谷けいこくに沿うた、そこら辺の汽車からの眺望ちょうぼうはつとに私の好きなところなので、私は、人に話すことは出来ないが、しかし、自分の生きているほとんど唯一の事情のもつれから
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
すべての眺望ちょうぼうが高遠、壮大で、かつ優美である。
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
と、童心のように、そこの眺望ちょうぼうをみな欣んだ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この眺望ちょうぼうのある位置はいかにも師匠にふさわしいと言って、よい場所が手に入ったとよろこぶものは、ひとり勝重ばかりではなかった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
自分達は母の見ただけで恐れたという高い石段を一直線にのぼった。その上はひらたい山の中腹で眺望ちょうぼうの好い所にベンチが一つえてあった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ごとにこの高原に来ていた数年前のこと、これと殆どそっくりな眺望ちょうぼうを楽しむために、私はしばしば、ここからもう少し上方にあるお天狗様まで登りに来たのだけれど、そのたび毎に
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
水道の貯水池の所は眺望ちょうぼうがいい。暑そうなかすみの奥に見える土地がジョホールだという。大きな枝を張った木陰のベンチに人相の悪い雑種のマライ人が三人何かコソコソ話し合っていた。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
多分、ウイーンの方からこうしてきた旅人らは、このあたりの紅の波により添って流れるこの河水をながめ、自然に口からのぼった言葉だろう。こんな風景は欧洲のどこにも見なれなかった眺望ちょうぼうだった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「なかなかここは眺望ちょうぼうもいいし、そして広大ですね」
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこここにはすぎ木立こだちの間を通して、恵那山麓えなさんろくの位置にある村の眺望ちょうぼうを賞するものがある。苔蒸こけむした墓と墓の間を歩き回るものがある。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
自分は岡田に連れられて二階へあがって見た。当人が自慢するほどあって眺望ちょうぼうはかなり好かったが、縁側えんがわのない座敷の窓へ日が遠慮なく照り返すので、暑さは一通りではなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やや単調ではあったが汽車の窓から望んで来たボルドオ附近の平野、見渡すかぎり連り続いた葡萄畑、それらの眺望ちょうぼうはまだ彼の眼にあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
向側むこうがわを見ると青嶋あおしまが浮いている。これは人の住まない島だそうだ。よく見ると石とまつばかりだ。なるほど石と松ばかりじゃ住めっこない。赤シャツは、しきりに眺望ちょうぼうしていい景色だと云ってる。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私が出た岡の上は可成眺望ちょうぼうの好いところで、大きな波濤なみのような傾斜の下の方に小諸町の一部が瞰下みおろされる位置にある。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
半蔵は帰って行く人だが、その眺望ちょうぼうのある位置に出た時は、思わず後方うしろを振り返って見て、ホッと深いため息をついた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
突当りには『死の記念碑』とした大理石の彫刻もあったし、丘にったような眺望ちょうぼうの好い地勢で、礼拝らいはい堂のある丘の上からは巴里もよく見えました。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二人の友人ばかりでなく、この先輩までも家に迎え入れて、半蔵は西向きに眺望ちょうぼうのある仲の間の障子を明けひろげた。その部屋に客の席をつくった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何等の先入主に成ったものをもたなかった彼に取っては、殆ど応接するにいとまの無いようなこの新天地の眺望ちょうぼうほど旅の不自由を忘れさせるものはなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それに眺望ちょうぼうの好い往生寺の境内を歩いて見た位のもので、実際どういう人があるのか、くわしくは知らない。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
路傍には大きく黒ずんだ岩石がはい出して来ていて、広い美濃みのの盆地の眺望ちょうぼうは谷の下の方にひらけている。もはや恵那山えなさんの連峰へも一度雪が来て、また溶けて行った。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
人を避けて、私は眺望ちょうぼうのいい二階へ上がって見た。石を載せた板屋根、ところどころに咲きみだれた花のこずえ、その向こうには春深くかすんだ美濃みのの平野が遠く見渡される。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
恵那山えなさんのふもとに隠れている村の眺望ちょうぼうは、妻籠つまごから来て見る寿平次をも飽きさせなかった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
裏側から見える村の眺望ちょうぼうは、その墓場の前の位置から、杉の木立こだちの間にひらけていた。半蔵は寿平次と一緒に青い杉の葉のにおいをかぎながら、しばらくそこに立ってながめた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まだしも屋造りに見どころがあるとも申し上げたが、やはり青山の家の方が古い歴史もあり、西にひらけた眺望ちょうぼうのある位置としても木曾にはめずらしく、座敷の外に見える遠近の山々も
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
木曾は深い谿たにとばかり聞いていたのにこんな眺望ちょうぼうのひらけた峠の上もあるかという延胤を案内しながら、半蔵は西側の廊下へ出て、美濃みのから近江おうみの方の空のかすんだ山々を客にさして見せた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)