無沙汰ぶさた)” の例文
寛斎は半蔵から王滝行きを思い立ったことを聞いて、あまり邪魔すまいと言ったが、さすがに長い無沙汰ぶさたのあとで、いろいろ話が出る。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ひどく手持ち無沙汰ぶさたらしく、その上茶を勧めたり菓子を出したりして、沈黙の時間を埋めることを心懸けているように見えた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お金は、すっかり片づけて来て、兄の前にぴったりと平ったく座ると、急にあらたまった口調で、無沙汰ぶさたの詫やら、お節の様子などを尋ねた。
栄蔵の死 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
筆を取り上げた彼女は、例の通り時候の挨拶あいさつから始めて、無沙汰ぶさたの申し訳までを器械的に書きおわった後で、しばらく考えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この手紙は私のことばかり書きましたが、それは久しく無沙汰ぶさたしたので私の様子を知りたいとあなたがたが思っていて下さると考えたからでした。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
かねてから考えている著書を早く書き初めなければならぬと思う事もある。あるいは郷里の不幸や親戚しんせき無沙汰ぶさたをしている事を思い出す事もある。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「これやあ一つ、無沙汰ぶさたの親類どもや、同僚どもを、一夕いっせきんで、祝いをせにゃなるまいとわしは思う。なあ、半蔵殿」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「やあ、しばらく! 大へん御無沙汰ぶさたしちまって、———どうです河合さん、近頃さっぱりダンスにお見えになりませんね」
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わたしは突然銀座通りで小半の彩牋堂を去った由を知るやおのれが無沙汰ぶさたは打忘れただ事の次第をいぶかったのであった。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
遣はし其後源八があそびに來りし時皆々折目高をりめだか待遇もてなしける故源八は手持てもち無沙汰ぶさた悄々すご/\と立歸り是は彼の文の事を兩親の知りし故なりとふか遺恨ゐこんおもひけり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
十太夫の無沙汰ぶさたはさらに十日ちかくも続き、それから或る日、例のように突然、稽古着のままとびこんで来た。
饒舌りすぎる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
またこういう事も有る※前のように慾張ッた談話はなしで両人は夢中になッている※お勢は退屈やら、手持無沙汰ぶさたやら、いびつに坐りてみたり、危坐かしこまッてみたり。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
美奈子と、青年とは部屋に帰ったものの、手持無沙汰ぶさたに、ボンヤリとして、暮れて行く夕暮の空に対していた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
支那語しなご達者たつしや友人いうじん早速さつそくわらごゑまじへながらをんななにやらはなしはじめたが、ぼく至極しごく手持ても無沙汰ぶさたである。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
わしもちっと冷える気味でこちらへ無沙汰ぶさたをしたで、また心ゆかしにくるわを一まわり、それから例のへ行って、どうせこけの下じゃあろうけれど、ぶッつかり放題
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ハイ、御蔭様で別状も無いやうですが——私も久しく無沙汰ぶさた致しましたから、一寸見舞にと思ひまして」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「あなたがあんまりご無沙汰ぶさたをしていらっしゃるから、呼び出して切腹せっぷくおおせつけるのかもしれませんよ」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そのときおばさんがお茶をれて持ってきた。そしてあらためて私に無沙汰ぶさたびやら、手みやげのお礼などいい出した。無口なおじさんも急にいずまいを改めた。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
用事もないものですから無沙汰ぶさたをしているうちに月日がたつということもこの世の悲しみです。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼はこの若者を見たことがない、民さんは無沙汰ぶさたをわび、仕事を出してもらえた礼をいった。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
つづけていただきたいと思います。それで今までのご無沙汰ぶさたのおびながらに伺ったのです。ねえ、ゆるして下さいな。やっぱりあなたは私のいちばん好きなお友達なのですから
さすがにひしめいてはいるが、早急に討手の人馬が、城外へ押し出す様子は更になかった。宮内は手持ち無沙汰ぶさたになって、ただうろうろと、その辺を歩く外にすることがなかった。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
「そりゃそうですとも、作る以上は完全なものにしたいのは私も同じことじゃありますが、計算までここでやってるんじゃ、私は手持無沙汰ぶさたで、まどろっこしくって困りますよ」
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
先生はじっと砂の表面に見入りながら、急に黙り込んで何時いつまでも箱の側面を引いたり押したりしておられた。皆もちょっと手持無沙汰ぶさた恰好かっこうで砂の割れ目を怪訝けげんそうに見ていた。
わっちの方で金をくれろと云ったわけじゃアありません、おめえさんの方で懇意ずくになって金を貸すと云うから借りようと云うのだが、又亭主に無沙汰ぶさたで人の女房をって済みますかえ
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
無骨ぶこつぺん律義りつぎをとこわすれての介抱かいほうひとにあやしく、しのびやかのさゝややが無沙汰ぶさたるぞかし、かくれのかたの六でうをばひと奧樣おくさましやく部屋べや名付なづけて、亂行らんげうあさましきやうにとりなせば
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
七蔵しちぞう衣装いしょう立派に着飾りて顔付高慢くさく、無沙汰ぶさたわびるにはあらで誇りに今の身となりし本末を語り、女房にょうぼうに都見物いたさせかた/″\御近付おちかづきつれて参ったと鷹風おおふうなる言葉の尾につきて
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
北村三唖さんあが紅葉にうとんぜられたのも、初めは何かの用事で暫らく無沙汰ぶさたをした時
ベリヤーエフは手持ち無沙汰ぶさただったので、アリョーシャの顔を眺めはじめた。
小波瀾 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
(手持無沙汰ぶさたに、ほとんど恐る恐る。)マッシャ。この花はお前にる。
よしないことに私が好奇心を起してほじくり立てていたばっかりに話はそれからそれへと岐路に飛んで、さっきからシャアやジャヴェリは手持無沙汰ぶさたそうに床の間の置物なぞに眼を移していたが
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
善兵衛は不平らしく手持無沙汰ぶさたに控えた、娘の一身安危の場合に杖とも頼む春日が、機敏に□□市へ急行してれると思いの外、愚にもつかぬ方を調べているのに業を煮し、早やその手腕をさえ疑い
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
庸三は手持無沙汰ぶさたではなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼は久しぶりにたずねたいと思う人も多く、無沙汰ぶさたになった家々をもおとずれたく、日ごろ彼の家に出入りする百姓らの住居すまいをも見て回りたく
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼はその日無沙汰ぶさた見舞かたがた市ヶ谷いちがや薬王寺やくおうじ前にいる兄のうちへも寄って、島田の事をいて見ようかと考えていたが、時間の遅くなったのと
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二人の娘に対しての無沙汰ぶさたがいつも彼は気がゝりであつた。素気そっけない此頃このごろの父に対する二人の娘の思はくが一通りならぬ彼のなやみの種であつた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
御牧は悦子が大人たちの中に交ってぼんやりしているのにも心を遣って、時々愛想を云いに来たが、その実悦子はそんなに手持無沙汰ぶさたではなかった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
諸処方々無沙汰ぶさたの不義理重なり中には二度と顔向けさへならぬ処も有之これあり候ほどなれば何とぞ礼節をわきまへぬは文人無頼ぶらいの常と御寛容のほど幾重いくえにも奉願上ねがいあげたてまつり候。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ト云いながらお勢は起上たちあがッて、二階を降りてしまッた。跡には両人ふたりの者が、しばらく手持無沙汰ぶさたと云う気味で黙然もくぜんとしていたが、やがて文三は厭に落着いた声で
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
すぐにまた、廃藩置県の調べで、ご議事の間の出張員を拝命したので、地方を巡視いたし、席のあたたまる間もない忙しさのため、思わず今日までご無沙汰ぶさたをしました
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
といってむかえてくれた。内藤さんは書面のお礼をのべてご無沙汰ぶさたのおわびをしたのち
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
おれの買おうとしたものを己に無沙汰ぶさたで価を附けたとか何とかの間違いらしい
今夜こんや此樣こんわからぬこといひしてさぞ貴君あなた御迷惑ごめいわく御座ござんしてしよ、もうはなしはやめまする、御機嫌ごきげんさわつたらばゆるしてくだされ、れかんで陽氣ようきにしませうかとへば、いや遠慮ゑんりよ無沙汰ぶさた
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そうしてにがい顔をしてふさいでいるのも、あまり景気のいいものでもありませんから、つい遠慮が無沙汰ぶさたになりがちで、吾身で吾身が分ったような
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すっかり当て込んでいたのであったが、塚本としてもせめて慰めの言葉ぐらい、でなければ無沙汰ぶさたびぐらい、云わなければならないはずなのである。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
二三の人がその砂揚場の近くに、何か意味ありげに立って眺めている。わざわざ足を留めて、砂揚場の空地あきちを眺めて、手持無沙汰ぶさたらしく帰って行く人もある。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
然うして一二年苦しんでいるうちに、どうやら曲りなりにも一本立が出来るようになると、急に此前奥さんに断られた時の無念を想出おもいだして、夫からは根岸のお宅へも無沙汰ぶさたになった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その後ご無沙汰ぶさたしましたが、僕は今仙台市内のある住宅街にんでいます。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
つゞいてあらはれるが例物れいぶつさ、かみ自慢じまん櫛卷くしまきで、薄化粧うすげしようのあつさりもの半襟はんゑりつきのまへだれがけとくだけて、おや貴郎あなたふだらうではいか、すると此處こゝのがでれりと御座ござつて、ひさしう無沙汰ぶさたをした
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「ご無沙汰ぶさた申し上げました。いつもご健勝で祝着しゅうじゃくに存じあげます」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)