氾濫はんらん)” の例文
ここでは太田川というその川が、おなつの故郷では荒井川といい、少し大雨が続くと氾濫はんらんして、田畑を埋め城下町まで浸してしまう。
契りきぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
諸所に、山くずれを生じ、また各地の河川が、氾濫はんらんしたと伝えられた。——そういう一夜、呉服山のふもとにある織田信雄の陣所へ
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やたらに煩瑣はんさで、そうして定理ばかり氾濫はんらんして、いままでの数学は、完全に行きづまっている。一つの暗記物に堕してしまった。
愛と美について (新字新仮名) / 太宰治(著)
その思いの外なる悪相や、凄まじい血潮の氾濫はんらんはともかく、夜の物の贅沢ぜいたくさと、部屋の調度の見事さに平次とガラッ八は驚いたのでした。
一つには木曾川下流の氾濫はんらんに備えるためで、同藩が治水事業に苦しんで来た長い歴史は何よりもその辺の消息を語っているとも言わるる。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
氾濫はんらんしつつ彼の頭に襲いかかって来る数式の運動に停止を与えることが出来ないなら、栖方の頭も狂わざるを得ないであろうと梶は思った。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
此畔ここに石を沢山積んで置けば、その水の氾濫はんらんふせぐ用に供することが出来ます。消極的信仰上偶然の善事とはいいながら誠に結構けっこうな事です。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
灌漑かんがいの便に乏しく、毎年梅雨期に入ると雨水が氾濫はんらんして水害に悩まされている吉良郷の住民のために丘陵の起伏を利用して築いた堤防である。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
でも、そうなったら、あらゆるテレビ、ラジオ、週刊誌、雑誌で、日本中に坊やの顔と声が氾濫はんらんする。それなのにあなたは私に逢ってくれない。
愛の終り (新字新仮名) / 山川方夫(著)
救世軍の慈善鍋じぜんなべも飾り窓の七面鳥も、新聞も雑誌も一斉に街に氾濫はんらんして、ビラも広告旗も血まなこになっているようだ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
出て来た日光は単に光炎の大氾濫はんらんである。もし世の中に火の洪水と云う者が有るならば、これが確かに火の洪水である。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
しかれどもいったん水勢の激昂氾濫はんらんするときにおいて、しかして今やそのときの来たる真に眼前に迫るのときにおいて
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
夏時に氾濫はんらんする水の迹の凄いような河原をわたると、しばらく忘れていたS——町のさまが、じきにお島の目に入って来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
次いで、久し振りに星の潤んだ晩春の夜のそゞろ歩きは、いよ/\水の太い繋りをわたくしに確めさせました。更に、この盛り場の感覚の氾濫はんらんです。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この報告によるに、かつてベッセルは夜間エルベ河に舟を浮かべる際、一部分水が氾濫はんらんした傍らの低地において、淡藍たんらん色を帯ぶるあまた小形の炎を見た。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
砂地のけつくようなの直射や、木蔭こかげ微風びふうのそよぎや、氾濫はんらんのあとのどろのにおいや、繁華はんか大通おおどおりを行交う白衣の人々の姿や、沐浴もくよくのあとの香油こうゆにおい
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
到るところ、詩壇は自由詩によって氾濫はんらんされていると言っても好い。だがこれ等の自由詩——人々はそう考えている——が、果して真の意味の自由だろうか。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
そして遂には、東京中に寿司食堂が氾濫はんらんしてしまった。江戸前寿司の誇りを失ったのはこの時からである。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
その頃はいまのように宗教書の氾濫はんらんを見ず、「基督教原理」の完訳もまだ出版されていなかったのである。
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)
十勝岳とかちだけ近頃ちかごろまで死火山しかざんかんがへられてゐた火山かざんひとつであるが、大正十五年たいしようじゆうごねん突然とつぜん噴火ふんかをなし、雪融ゆきどけのため氾濫はんらんおこし、山麓さんろく村落そんらく生靈せいれい流亡りゆうばうせしめたことは
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
年中澄むこともなく泥土に汚れている水は、先日来の氾濫はんらんのなごりを見せて一層重々しく濁り、一層猛々たけだけしく押しだして行った。海水とは容易に混ろうとしない。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
なるほどこれではジャーナリズムが世界に氾濫はんらんするのも当然だという気がしないではいられなかった。
ジャーナリズム雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
地底の水族館は氾濫はんらんし、地獄極楽のトンネルは山崩れにうずもれ、池も川も津波となって湧き返った。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
サンシエ・ムーフタール四つつじに雨水の氾濫はんらんするのを防ぎ、更に、流砂の中に石とコンクリートとの土台を作って、その上にサン・ジョルジュの下水道を設け、更に
しかも、慨歎しながらも彼等は共に、その世界に氾濫はんらんしたアメリカ文化のなみに捲込まれ、流されて行かざるを得ないのである。ラジオに、ジャズに、シネマが横行する。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
氾濫はんらん卑湿ひしつの不愉快を避けるためには、人はいわゆる「朝日の直指たださす国、夕日の日照ひてる国」をえらばねばならなかった。しかも日本人は最初から稲を栽培する民族である。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
汽車、利根川の鉄橋に差し掛かれば、雨はますます激しく、ただ見る、河水は氾濫はんらんして両岸湖水のごとく、濁流滔々とうとう田畑でんばたを荒し回り、今にも押流されそうな人家も数軒見える。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
そしてその一方の花畑などは、水車の道をして、らにその道の向うまで氾濫はんらんしていた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
消費者の占めていた地域の上に初めて生産者が氾濫はんらんし、生産者群の地帯が膨張するのだ。
或る嬰児殺しの動機 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
工事こうじ場所ばしよかすみうらちか低地ていちで、洪水こうずゐが一たんきしくさぼつすと湖水こすゐ擴大くわくだいしてかはひとつにたゞ白々しら/″\氾濫はんらんするのを、人工じんこうきづかれた堤防ていばうわづか湖水こすゐかはとを區別くべつするあたりである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
既に少くも二回は喀血かっけつを経験している男が、雪どけの氾濫はんらん泥濘でいねいと闘い単身がた馬車に揺られどおしで横断して、首尾よく目的地に着いて冷静きわまる科学的データの蒐集しゅうしゅうに従い
その間に住吉川の氾濫はんらんの状況がやや伝わって来て、国道の田中から以西は全部大河のようになって濁流が渦巻うずまいていること、従って野寄、横屋、青木おおぎ等が最も悲惨であるらしいこと
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかし産業の大は機械の大を意味し、すべてが営利の制度に左右されて来るのは、避け難い勢いであります。惜しむらくはこれがために品質は落ち、粗製のものが氾濫はんらんするに至ります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
彼等の日常の会話の中には会社員だの官吏だの学校の教師に比べて自我だの人間だの個性だの独創だのという言葉が氾濫はんらんしすぎているのであったが、それは言葉の上だけの存在であり
白痴 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
江戸の境いから明治へまたぎ越えるまでは、へいからのぞいている木の枝ぶりまでにも、しずかな整頓があったが、それも今は、氾濫はんらんして来た腕力の思うままな蹂躙じゅうりんにまかせて、門はゆが
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
彼は「運」を奔流ほんりゅうにたとえている。ひとたび奔流が荒れくるうときは、平野に氾濫はんらんし、木々や家々を倒し、大地をも強引に押し流す。万人が恐れむとも、いかに抗すべきやを知らない。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
我国でも古今東西のあらゆる音楽の雑居氾濫はんらんする現状に対して、色々な立場から音楽はこの先どうなるか、このままでよいのか、音楽はそれなりにもっと社会的使命を自覚すべきではないか
望ましい音楽 (新字新仮名) / 信時潔(著)
それはマグノリアの木にもあらわれ、けわしいみねのつめたいいわにもあらわれ、谷のくら密林みつりんもこのかわがずうっとながれて行って氾濫はんらんをするあたりの度々たびたび革命かくめい饑饉ききん疫病やくびょうやみんな覚者の善です。
マグノリアの木 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
仕事の氾濫はんらん、城の役人たちの執務のしかた、彼らのひどい脱線、また陳情者の事情聴取はそのほかの審理の完全な終了後にはじめて行い、しかもただちに完了しなければならない、という規則
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
実に白い、雪以上の、白以上の強い、輝く白、その「白」がその全面をもって、直射する、また氾濫はんらんする日光を照りかえす、その「白」の美感は崇高そのもの、神采しんさいそのものでなくて何であろう。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
彼ははっと飛びのいて、こんどは太い急湍きゅうたんの中に、前から知っていたゾラのどろ深い浪漫主義ロマンチズムの中に、落ち込んでいった。それから出たかと思うと、文学の大氾濫はんらんの中にすっかりおぼれてしまった。
それを仲買人なかがいにんが買って地下室に入れ、数日も置くとはじめて黄色にじゅくするので、それからそれが市場の売店へ氾濫はんらんし一般の人々を喜ばせたものだったが、一朝いっちょうバナナの宝庫の台湾が失われた後は
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
そのやさしさは氾濫はんらんするなく、かといつて
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
そしてよろめく輪舞りんぶとで氾濫はんらんさせた。
出馬を決意したが、上方かみがたはここ数日の暴風雨で河川は氾濫はんらんし、途中の危険も報じられていたので、むなしく、幾日かを見過していた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それにこの部屋は、東側が全部すり硝子ガラスの窓なので、日の出とともに光が八畳間一ぱいに氾濫はんらんして、まぶしく、とても眠って居られない。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
静かな山村の夜——河水の氾濫はんらんを避けてこの高原の裾へ移住したという家々——風雪を防ぐ為の木曾路なぞに見られるような石を
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
珂知川の中流は俗に「宇木野」といわれる広い平野で、この藩の主要な米産地になっているが、古くからしばしば川が氾濫はんらんして農地を荒した。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
がしかし、四方の門は厳重に締っている上、廊下も池も、部屋部屋も、あふれるような光の氾濫はんらんで、身を隠すくまなどがあろうとは思われません。
窓を区切ってゆく、玉蜀黍とうもろこしの葉は、骨のようにすがれてしまっていた。人生はすべて秋風万里、信じられないものばかりが濁流のように氾濫はんらんしている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)