やさ)” の例文
生れ変ったようなやさしげな心に成ったかえと思うと、わしイはア誠に嬉しいだよ、死んだ父さまもさぞ悦ぶべえと思うと嬉し涙が出るだよ
渡左衛門尉わたるさえもんのじょうと云う名は、今度の事に就いて知ったのだが、男にしてはやさしすぎる、色の白い顔を見覚えたのは、いつの事だかわからない。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「駄目だよ。」と落着き払った声でKはいって女の腰でも抱える時のようにやさしくBの腰に手を廻した。そしてすばやくBのまぶたを撫でた。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
橘は、いま眼がさめたばかりのような明るい瞳にいたわりといつくしみを加え、二人におおいかかるやさしさのなかにいていった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
案外気立てのやさしそうな岡田のことゆえ、気の毒がって他所よそへ移ったのかも知れない、などとも太田には考えられるのであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
この点にいたると婦人はあなどるべからざる強いところがある。日ごろは一つのやさしき飾りに過ぎぬ「かんざし逆手さかててば恐ろしい」。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
やさしくうれしく勇ましき丈夫の心をも聴くことを得たる今は、又た何をか思ひ残さん、いざ、立ち帰りなんか、——帰りとも無し
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ぶるぶるとしてハッと気が付くと、隊の伍長のヤーコウレフが黒眼勝のやさしい眼で山査子さんざしあいだからじっ此方こちらを覗いている光景ようす
豊かなデリケエトな唇は、不思議に末子でもあり清でもある、小さな、細い〔時にきらきらとうるんで光る〕やさしい眼は清にそのままであった。
殊に内氣でやさしくて、淫らな事を云つてからかはれでもすると、眞赤になつてうつむいてしまふ女の人達には、そんな汚ならしい心持はない。
貝殻追放:016 女人崇拝 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
良吉は若い女の手紙は、自分の女房のさへ殆んど讀んだことがないので、ぬら/\したやさしい文字を珍しさうに讀み下した。
母と子 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
薪とる里人さとびとの話によれば、庵の中には玉をまろばす如きやさしき聲して、讀經どきやう響絶ひゞきたゆる時なく、折々をり/\閼伽あか水汲みづくみに、谷川に下りし姿見たる人は
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
嫋々なよなよとして女の如く、少し抜いた雪のえり足、濡羽ぬればいろの黒髪つやつやしく、物ごしやさしくしずしずと練ってゆく蓮歩れんぽ
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
一月の刺すやうな空氣に、いびつになるほどふくれ上つてちんばを引いてゐた、あはれな私の足も、四月のやさしいいぶきを受けて、跡形もなくなほり始めた。
(何と充分に、君たちの顔は腐つてゐたことか!)——ああ、さまざまの日に、指先によつて加へられたやさしさよ! 火よ! 失はれた畜群の夢よ!
断片 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
内にはやさしい女房もございました。別に不足というでもなし、……宿しゅくへ入ったというものは、ただ蝋燭の事ばかり。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その声は低かったが、やさしかったが、月丸は、頭から、一掴みに、身体ぐるみ、冷たい手で掴まれたように感じた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
蒼ざめてひどく面窶おもやつれのしたナヂェージダ・イヷーノヴナは、男のものやさしい声や妙な態度に合点が行かず、急いで自分の身に起こった一切を物語った。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
私はその頃、少しでもやさしい言葉をかけられるとすぐ涙ぐましくなるようになっていた。腹立ちも心配もどこかへ吹ッとんで、つい家の中に這入り込んだ。
その頃まだ十七の真珠のように、清浄な祖母の胸に、異性のやさしい愛情の代りに、異性の醜い圧迫やおそろしい慾情などが、マザマザと、刻み付けられた訳でした。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かれより四つ五つ上であつた。学問も出来て老僧の気に入つてゐた。老僧の了簡れうけんでは、それをやさしい涙を含んだ眼の持主の配偶者にしようと思つたらしかつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
申すのもチト失禮しつれいでは有りますが常におやさしいおみつさん吾儕わたしは自分の子の樣に思つてゐませば營業しやうばいを休んでなりと駈歩行かけあるき御用を達てあげますよ是といふのも親孝行おやかうかう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
熱に汗蒸れあか臭き身体からだいやな様子なくやさしき手して介抱しくれたる嬉しさ今は風前の雲と消えて、おもいいたずらに都の空にする事悲しく、なまじ最初お辰の難を助けて此家このいえを出し其折そのおり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「こらこら、そんな所為まねをする」と二葉亭はやさしく制しながらも平気で舐めさしていた。時に由ると、嬉しくて堪らぬようにあとから泥足どろあしのまま座敷まで追掛けて来てジャレ付いた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
然し、鋭さと同時にやさしみもある。また深みもある。この眼の閃めきは、どうしても天才的な芸術家のみが持ち得る「美しさ」である。——さういふ感じを、何よりも先にまづ受けた。
吉右衛門の第一印象 (新字旧仮名) / 小宮豊隆(著)
玄二郎は静かなやさしさに包まれながら、何のこだわりもなく微笑を泛べて言つた。
姦淫に寄す (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
湖の岸へ來て立つてゐる時、人の心はなごみ、靜まり、輕い柔しい微笑が脣邊しんぺんに漂ふ。霧をくゞつて來る水の忍び寄るやさしい響、私はそれを耳にして暫く默つて水面を見つめて立つてゐた。
霧の旅 (旧字旧仮名) / 吉江喬松(著)
之が幽霊の発した初めての声で音楽の様に麗しい、余は荒々しく問い詰める積りで居たが、声の麗しさに、いささか気抜けがしてやさしくなり、「今し方、大時計の針を動したのは貴女でしたか」
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
何か母が私に言いたいことがあるのだと直感された。私は非常におそろしくなった。しかし母の態度は平生よりもやさしかった。竹藪の片わきの、梨の木の下に来た時、母はいよいよ口を切った。
私の父 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
屡〻しばしば自分の夢のなかにまで現はれたこともある。自らの乱行にものうく疲れはてた彼の夢の中で、この微笑は彼をやさしく叱責しっせきした。あの微笑だ。彼はそれがモナ・リザの微笑であることに気づいた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
だまつてをんな凝視ぎようししてゐたをとこは、まへとは全然ぜんぜんちがつたやさしさでいつた。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
伝七は四分一しぶいち煙管きせるをつかんだまま、やさしくうなずいた。
ただ、しかし、可愛らしい小猫のやさしみがなかったので
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
案外氣立てのやさしさうな岡田の事ゆゑ、氣の毒がつて他所へ移つたのかも知れない、などとも太田には考へられるのであつた。
(旧字旧仮名) / 島木健作(著)
私が大金持になつた時には、世辞も追従つゐしようもしますけれど、一旦貧乏になつて御覧なさい。やさしい顔さへもして見せはしません。
杜子春 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
此の奴に引替えて此の娘はやさしくして、芸者になっても精出して能く稼いで呉れますから、何うやら斯うやら致して居ります
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
これを聞いていた松陰しょういん先生は、平生は女子のごとくやさしくしてめったに大声だも発せぬ人であったにかかわらず、この時にかぎり声をはげまして
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
葉と葉のれる音、そこには、今まで、聞えなかったやさしみがある。どうして、樹はこんな美妙の音を出すであろうか。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
だから、旅行のことは私とお前との間ぎりで祕密ないしよにしといてお呉れな。先日こなひだ先方の男に會つてよくよく話をして見ると、物分りのいゝそれはやさしい男なのだよ。
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
汝を恋ふるばかりに、やさしき処女の血にさへけがれしを知らずやテフ声、たちま如何処いづこよりか矢の如く心を射れり、山木梅子の美しき影、閉ぢたる眼前に瞭然れうぜんと笑めり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
黒い小猫のブルイスカが甘えかかって、ごろごろとやさしく喉を鳴らすけれど、こうして猫なんぞにちやほやされてみたところで、オーレンカにはさっぱり有難くない。
可愛い女 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
橘の顔色は二人をめるために同じくらいに見える左右の頬に、やさしくほほ笑みをたたえて見せた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
やさしい星は斷層をなした土手どての眞上に瞬いてゐた。夜露がりた、慈愛の籠つたやさしさをもつて。微風そよかぜもない。自然は、私の眼には、情け深い親切なものに見えた。
しかしその眼元はあの無垢むくな光を失って一種鋭どい酷薄な光りを帯びやさしくほころびかかった花のつぼみのようであった唇の辺りには、妙に残忍な邪慳じゃけんな調子が表われているのです。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
かつまたおな一國一城いつこくいちじやうあるじるにも猛者もさ夜撃朝懸ようちあさがけとはたちちがふ。色男いろをとここなしは、じやうふくんで、しめやかに、ものやさしく、にしみ/″\としたふう天晴武者振あつぱれむしやぶりであるのである。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
春亭九華などというと如何にもやさしげだが、九華は縦も横も大々だいだいした巨漢であった。
冥加みょうがにあまりてありがたしとも嬉しともこの喜び申すべきことば知らぬおろかの口惜し、忘れもせざる何日いつぞやの朝、見所もなきくしに数々の花彫付ほりつけたまわりし折より、やさしき御心ゆかしく思いそめ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
思えば、朝鮮に来てからの私はいじめられどおしであった。その間に私は一度だってやさしい愛を祖母たちから受けたことはなかった。それは今までの私の記録によってもほぼ諒解されると思う。
B それから翌月よくげつの一じつになると、『御返事ごへんじつてります』とたゞそれだけ綺麗きれいやさしいいたをんな葉書はがきた。をとこまた加減かげんことつてやつておくと、またその翌月よくげつの一じつ葉書はがきた。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
私が大金持になった時には、世辞も追従ついしょうもしますけれど、一旦貧乏になって御覧なさい。やさしい顔さえもして見せはしません。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)