杓子しゃくし)” の例文
別にただの御飯へ塩味あじを付けて炊いて火を引く時今の紫蘇の手でんだものを早くかまの中へ入れておひつへ移す時杓子しゃくしでよく混ぜます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
老人は木の杓子しゃくしで鍋の中をかきまぜ、それから鍋に蓋をした。若侍は待っていた。老人はながい溜息ためいきをつき、片手でうしろくびを揉んだ。
橋の下 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あんまり見慣れないもので、第一、食べようからしてわからないから、遠慮をしていると番兵さんは、耳かきのような杓子しゃくしを取添えて
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「旦那、この節あ、剣術流行ばやりで猫も杓子しゃくしも、武者修行だ。この街道を歩く武者修行だけでも一日に五人や十人はきっと見かけますぜ」
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところがその掴まれぬところがいいかして、猫も杓子しゃくしも文化文化とあこがれている有様は、さながらに青空を慕う風船玉よろしくである。
「気のせいで熱が出るんだから、気のせいでそれがまたすぐ除れるんだろうよ。髪剃でなくったって、杓子しゃくしでも鍋蓋なべぶたでも同じ事さ」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
焚火の上へかざされたのは、五人の九本の腕であった。その一本には指がなかった。指のあるべきてのひらの端が、杓子しゃくしのように円くなっていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
六波羅ろくはら風と言えば、猫も杓子しゃくしも、右へならえで、烏帽子えぼしの折り方やら、着つけの仕方まで、皆が平家一族を真似するのである。
或いは里神楽さとかぐらの山の神の舞に、杓子しゃくしを手に持って出て舞うからというなどは、もっともらしいがやや循環論法じゅんかんろんぽうきらいがある。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
白馬岳の南には杓子しゃくし岳があり、更に其南に接してやりヶ岳がある、仮に之を白馬三山と唱え、共に同じ地質から成っている。
白馬岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
時代おくれのものと人は呼ぶかも知れぬが、手工の美を今もとどめているのはかかる店ばかりである。杓子しゃくしおけほうき竹籠たけかご
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
また、あるときは、そのかわくろみずなが杓子しゃくしですくっては、やはりなにやらくちなかとなえながら、それをそらかってまいていました。
消えた美しい不思議なにじ (新字新仮名) / 小川未明(著)
それに金米糖の心核となるべき芥子粒けしつぶを入れて杓子しゃくし攪拌かくはんし、しゃくい上げしゃくい上げしていると自然にああいう形にできあがるのだそうである。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「しかし、半蔵さん、こんなに攘夷なんてことを言い出すようになって来て——それこそ、ねこも、杓子しゃくしもですよ——これで君、いいでしょうかね。」
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
左手に小さな重いオランダ風の懐中時計を持っている。右手にはキャベツ漬と豚肉とをかき廻す杓子しゃくしを持っている。
鐘塔の悪魔 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
右手の窓下にはフライ鍋やスープ鍋、瀬戸びきの大きな杓子しゃくし薬鑵やかんなどが雑然とぶらさがっている、これが台所だ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
商賈しょうこも出た負販ふはんの徒も出た。人の横面そっぽう打曲はりまげるが主義で、身を忘れ家を忘れて拘留のはずかしめいそうな毛臑けずね暴出さらけだしの政治家も出た。猫も出た杓子しゃくしも出た。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
されば農家は三年耕して一年のかてあまし、政府も租税の取りこころよく、わが三府六十県の人民、すなわち当今猫も杓子しゃくしとなえおる、わが三千五百万の兄弟けいてい
禾花媒助法之説 (新字新仮名) / 津田仙(著)
杓子しゃくしを並べたように、霧の中にうすぼんやりとあぶり出されて、大きくひろがったり、小さく縮んだりしている。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
今でこそ写楽々々と猫も杓子しゃくしも我が物顔に感嘆するが、外国人が折紙を附けるまでは日本人はかなりな浮世絵好きでも写楽の写の字も知らなかったものだ。
「今朝、味噌汁をこさえるとき、お夏さんは小出しの瓶から、杓子しゃくしで味噌を取って鍋へ入れたことだろうな」
この頃は人絹じんけんが大変進歩して来て、下手なメリンスを買うより安いと云うのですから、田舎出いなかでの娘さんたちは、猫も杓子しゃくしもキンシャまがいで押しているようです。
着物雑考 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
納戸なんど部屋の隅に伊丹樽を隠しておいて、そのなかへ醪を造り、その上へ茣蓙ござの蓋をして置く。それを、一日に何回となく杓子しゃくしで酌み出しては鍋にいれてくるのだ。
濁酒を恋う (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
若いものが猫も杓子しゃくしも土地を離れて、パリへ出掛けて行くんだから。そうすりゃ贅沢ぜいたくな暮らしができようってわけでね。なるほど、運さえよけりゃ宝を掘り当てます。
一流の貴婦人たち——将官夫人が二人と大佐夫人が一人、それに婦人という婦人が、猫も杓子しゃくしも加勢して、四方から令嬢を引っ張りだこにして御機嫌を取りにかかった。
なるほどなるほどと自分は感心して、小短冊こたんじゃく位の大きさにそれをって、そして有合せの味噌みそをその杓子しゃくしの背で五りんか七厘ほど、一とはならぬ厚さにならしてりつけた。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
参右衛門は杓子しゃくしき廻しているうち、鍋の汁は次第にとろりとした飴色の粘液に変って来る。
大体日本のインテリゲンツィアが、猫も杓子しゃくしもロシアかぶればっかりして、何でもかんでも労働者、農民だってさわいでいるくらい滑稽で非理論的なことはありませんよ。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
丁度日の暮方くれがた、北割下水へ通り掛りますと、向うの岸が黒山のような人立で、剣客者けんかくしゃの内弟子らしい、はかまをたくしあげ稽古着けいこぎを着て、泡雪あわゆき杓子しゃくしを見た様な頭をした者が
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ありも詠み、しらみも詠み、書中の胡蝶こちょうも詠み、窓外の鬼神も詠み、饅頭も詠み、杓子しゃくしも詠む。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
猫も杓子しゃくしも政府の辺に群れあつまって、以前の賊徒今の官員衆に謁見、れは初めて御目おめに掛るともわれまい、兼て御存じの日本臣民で御座ござると云うような調子で、君子は既往を語らず
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
不二見村ふじみむらの往還から寺の門まで行く路が、文字通りくつを没するほどぬかっていたが、その春雨にぬれた大覇王樹だいはおうじゅが、青い杓子しゃくしをべたべたのばしながら、もの静かな庫裡くりを後ろにして
樗牛の事 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あいつを左腰から帯へ突出してぶら下げた形といっては——千駄木の大師匠に十幾年、年期を入れた、自分免許の木彫の手練でも、洋杖は刀になりません。竹箆たけべらにも杓子しゃくしにもならない。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
然るに一度英米に流行はやり出すと、何うです、猫も杓子しゃくしも麻雀でしょう? 不見識な話じゃありませんか? 隣国の娯楽を直接輸入する鑑識力かんしきりょくがない。英米の折紙つきで初めて採用する。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その足で彼は、番人どもがめいめい持場もちばについているかどうかと、倉庫を見まわりに出かけたが、番人どもはちゃんと四隅よすみに立って、木の杓子しゃくしで鉄板がわりの小さい空樽あきだるたたいていた。
猫も杓子しゃくしも洋行さえすれば肩で風を切って歩いてもさしつかえないという様な馬鹿気た時代もあった。今ではどうか? 洋行をするとかえって生れた国の時勢に遅れるような気がする位だ。
え゛りと・え゛りたす (新字新仮名) / 辻潤(著)
「見ようとしないで見ている眼」が「即かず離れず」の手で書いたものが、過不足なき描写だと、教える。これが日本の文学の考え方だ。最高の境地だという定説だ。猫も杓子しゃくしも定説に従う。
可能性の文学 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
実はこの木の無いところは木地屋きじやという椀や杓子しゃくし等のほり物をする人が、雪の無いときやってきて木を切ってしまったところである。随分と下ってきたようだが間違ったのだから引返さねばならない。
単独行 (新字新仮名) / 加藤文太郎(著)
また筑後旅行の際、道路の四つ辻に当たる所に、木の杓子しゃくしへ人の顔をえがいて立ててあるのを見たが、これは百日ぜきにかかったとき、その顔を千人の人より見てもらえば治するとの迷信であるそうだ。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
杓子しゃくし定規、琴柱ことじにかわするの類は、手腕ある法律家の事ではない。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
七草や多賀の杓子しゃくしのあら削り 亀洞
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
闇汁やみじる杓子しゃくしを逃げしものや何
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
もう宵闇よいやみ。大釜の火だけが赤い。そのまわりに立ち群れて、人夫や百姓たちはがつがつ飯茶碗を持ち合い、汁の杓子しゃくしを争っていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よく杓子しゃくしで攪き廻しながらいためて白ソースならば牛乳をすけれどもこれは牛乳の代りに今の湯煮たスープを注してドロドロのものにする。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
針木、蓮華、じい、鹿島槍、五竜、大黒、牛首、唐松、奥不帰おくかえらずやり杓子しゃくし、白馬、小蓮華と山稜の大波がうねって、其右は王ヶ鼻に遮断されている。
美ヶ原 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
戸口に杓子しゃくしが一つ打ちつけてあって、それに百日風邪ひゃくにちかぜ吉野平吉一家一同と書いてあるので、主人の名がようやく分った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで猫も杓子しゃくしもカミシモを着てやって来て、少なくとも玄関の帳面には名を付けなけらばならない。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
追従ついしょうをいったことから始まって、芸術になっている、いないということが、花柳界にまで流行語となり、猫も杓子しゃくしも芸術芸術といい出したものだから、ある男が
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とにかく、見る眼の相違で同じものの長短遠近がいろいろになったり、二本の棒切れのどちらが定規じょうぎでどちらが杓子しゃくしだか分らなくなったりするためにこの世の中に喧嘩が絶えない。
観点と距離 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しまいには、地方官の中にすら廃仏の急先鋒きゅうせんぽうとなったものがあり、従来の社人、復飾の僧侶から、一般の人民まで、それこそねこ杓子しゃくしもというふうにこの勢いを押し進めてしまった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)