あかり)” の例文
旧冬きうとうより降積ふりつもりたる雪家のむねよりも高く、春になりても家内薄暗うすくらきゆゑ、高窓たかまどうづめたる雪をほりのけてあかりをとること前にもいへるが如し。
寄宿舎の窓は皆雨戸が締まっていて、小使部屋だけ障子にあかりがさしている。足音は僕の部屋に這入った。あちこち歩く様子である。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その襖越しにぼんやりとあかりが届く、蚊帳のなかの薄暗さをお察し下さい。——鹿を連れた仙人の襖の南画も、婆と黒犬の形に見える。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
星の光りと、灯のあかりと入り乱れて夢のように美しい。コンナ時に人間はふいと死ぬ気になるものか……と思いながら……。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
母は机の下をのぞき込む。西洋流の籃製かごせい屑籠くずかごが、足掛あしかけむこうほのかに見える。母はこごんで手をのばした。紺緞子こんどんすの帯が、窓からさすあかりをまともに受けた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
静かな町にはもうあかりがついて、山国に居なれた彼女の目には、何を見ても潤いと懐かしみとがあるように感ぜられた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あるりずに忍んで来た修験者が、寝室の口からのぞいて見ると、切燈台の壮い男は頭からあかりともった瓦盃をおろして、こくりこくりと居睡いねむりをしておりました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あかり障子に囲はれたる平和あれ!……新らしい眩暈に屈服するためにか、或は、さうでなくてか、私はこの時宜に適はぬ訣別の辞を、何とも知れぬものゝ上に投げかけた。
鳥獣剥製所:一報告書 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
茶色のブラインドが一枚だけ巻き上っているところからだけうすあかりがさして、むこう側のビルディングの窓が往来をへだてて見えている。毛ピンが一本床に落ちていた。
舗道 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
夜に到れば彼國にてあかりす民家の燈たしかに見ゆるなりと渡海せし船人ども茗談めいだんす(伯耆民談)。
他計甚麽(竹島)雑誌 (旧字旧仮名) / 松浦武四郎(著)
だ一体に清潔なのと観望に富んで居るのとが遊客いうかくを喜ばせる。永代えいたい供養を捧げる富家ふかの信者が在住支那人中に多いと見えていづれの堂にも朱蝋燭らふそくあかりと香煙とを絶たない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
同じほどの火影の又うつろふと見れば、早くも薄れ行きて、こたびは燃えも揚らず、消えも遣らで、少時しばしあかりを保ちたりしが、風のわづかの絶間をぬすみて、閃々ひらひら納屋なやの板戸を伝ひ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
少許すこし待つてから持出さうと、お八重は言ひ出したが、お定はちよつと躊躇してから、立つとあかりとりの煤けた櫺子れんじに手をかけると、端の方三本許り、格子が何の事もなく取れた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
何かしら今夜の良人おっとの気分を察するところがあって、電灯も五十しょくの球につけ替えた。あかり煌々こうこうと照り輝く座敷の中に立ち、あたりを見廻みまわすと、逸子も久振りに気も晴々となった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
余は奥座敷で朝来ちょうらいの仕事をつゞける。寒いので、しば/\火鉢ひばちすみをつぐ。障子がやゝかげって、丁度ちょうど好い程のあかりになった。さあと云う音がする。ごうと云うひびきがする。風が出たらしい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
海原うなばらみちとほみかも月読つくよみあかりすくなきはふけにつつ 〔巻七・一〇七五〕 作者不詳
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
助は馬詰の宅の夜番で、朔日ついたち、十五日には裏門から台所の流しの溝の前に淋しく立つて一斗なり二斗なりの米を夜番賃として与へられるのを待つて居た。田宮の浜に小さいあかりが見える。
此処こゝに人家があったと云うので、駈下りて覗くと、チラ/\焚火たきびあかりが見えます。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
然し間もなく月夜になると、あかりを消したアルルカンは友達のピエロオに懇願して、ちよいと戸をあけて、をつけさせてくれろといふ、さては親仁おやぢの金箱ぐるみ、娘をつれて驅落するのか。
胡弓 (旧字旧仮名) / ルイ・ベルトラン(著)
その周囲まわりの広い庭には、ほとんどあかりけて無い。きれを覆わないつくえが並べてある。椅子いすがそれに寄せ掛けてある。そのそばに、緑色に塗った、ひょろ長い柱の上に、円い硝子がらすの明りがともしてある。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
もと難波の宮にましましし時に、大嘗おほにへにいまして、豐のあかりしたまふ時に、大御酒にうらげて大御寢おほみねましき。ここにその弟墨江すみのえの中つ王、天皇を取りまつらむとして、大殿に火を著けたり。
刑罰するも同じである。聖賢の道なくしては、君父の大義なく、経世けいせいあかりもない。従って国法は何によってその本義と尊厳を保ち得るか。聖賢の道を度外した国法は、ただの権力でしかあるまい
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お前のあかりが音をさせながら照らすようにしてくれ。
〽本来空のあかりには、にともすべき提灯も……
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なほ明るく、昼のあかりありぬ
旧冬きうとうより降積ふりつもりたる雪家のむねよりも高く、春になりても家内薄暗うすくらきゆゑ、高窓たかまどうづめたる雪をほりのけてあかりをとること前にもいへるが如し。
楓の上にあかりさして、小灯こともしの影ここまでは届かず月の光に消えたり。と見る時、立姿あらわしたまいしが、寝みだれていたまいき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八は藪から出て、皆の寝てゐる部屋の外に来て、様子をうかがつてゐた。八畳の間の方からはあかりがさしてゐるが、蚊屋の弔つてある部屋は真暗である。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
外は秋らしいひややかな風が吹いて、往来を通る人の姿や、店屋々々のあかりが、厭に滅入って寂しく見えた。浜屋や鶴さんのことが、物悲しげに想い出されたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
四方の書割かきはりには富士山や日本の田舎ゐなかを現し、松や桜の間に大仏やおやしろなども出来て居る。白昼に観ては殺風景だがよるあかりで観る景色は一寸ちよつと日本らしい幻覚イリユウジヨンおこさせる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
うとうとしていた章一は、片頬かたほおあたたか緊縛きんばくを覚えたのでふと眼を開けた。艶消つやけし電燈のやわらかなあかりは、黒いねっとりとうるみを持った二つの瞳とほてった唇をそこに見せていた。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
父も母もまだ爐邊ろばたに起きてるので、も少し待つてから持出さうと、お八重は言ひ出したが、お定はと躊躇してから、立つとあかりとりの煤けた櫺子れんじに手をかけると、端の方三本許り
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
時々西の方で、ある一処雲がうすれて、探照燈たんしょうとうの光めいた生白なまじろい一道のあかりななめに落ちて来て、深い深いいどの底でも照す様に、彼等と其足下の芝生しばふだけ明るくする。彼等ははっと驚惶おどろきの眼を見合わす。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ここに建内の宿禰の大臣、大命おほみことを請ひしかば、天皇すなはち髮長かみなが比賣をその御子に賜ひき。賜ふ状は、天皇のとよあかり聞こしめしける日に、髮長比賣に大御酒のかしはを取らしめて、その太子に賜ひき。
そとあかりを浴びているのだから、無理は無い。
なほ明るく、昼のあかりありぬ
あかりが消えて
胡弓 (旧字旧仮名) / ルイ・ベルトラン(著)
「いや、お前様お手近じゃ、そのあかりき立ってもらいたい、暗いとしからぬ話じゃ、ここらから一番野面のづらやっつけよう。」
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雪下ゆきふるさかんなるときは、つもる雪家をうづめて雪と屋上やねひとしたひらになり、あかりのとるべき処なく、ひる暗夜あんやのごとく燈火ともしびてらして家の内は夜昼よるひるをわかたず。
八は別当部屋の前を通つて左手へ廻つた。厩のはづれまで来ると、台所からあかりがさしてゐて、女の声が聞える。奥さんと女中とで何かしてゐるらしい。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
時々他国の書生や勤め人をおいたりなどして、妹夫婦が細い生活の補助たすけにしているその二階からは、町の活動写真のイルミネーションや、劇場の窓のあかりなどがく見えた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
わかい男が松明たいまつけてそのあかりまないたの上におとしていた。顎髯の男は魚の腹へ庖丁がとおったので、手端てさきをさし入れてはらわたを引きだした。と、その中からころころと出たものがあった。
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
コバルトと赤と薄黄うすきの三しよくで濃厚な中に沈静なおもむきを出した「菊と薔薇ばら」が最も気に入つた。其間そのまに属した小さな控室に一鵬斎ほうさいの美人絵が薄あかりてらされて二枚かゝつて居るのも好い取合とりあはせである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
もう広間のあかりがぼんやりして来た。
憤然としてつッと立った。主税の肩越しにきらりと飛んで、かんてらのくすぶったあかりを切って玉のごとく、古本の上に異彩を放った銀貨があった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さて雪中は廊下らうかに(江戸にいふたな下)雪垂ゆきだれを(かやにてあみたるすだれをいふ)くだし、(雪吹ふゞきをふせぐため也)まども又これを用ふ。雪ふらざる時はまいあかりをとる。
で、玄関の土間へ立つて、思ひ切つて案内をうてみたが、誰も応じなかつた。遠い奥の方からあかりがさして人声がかすかにしてゐるやうであつた。古びた広いうちががらんとしてゐた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
左官の八は、裏を返して縫ひ直して、つぎの上に継を当てた絆纏はんてんを着て、千駄せんだの停車場わきの坂の下に、改札口からさすあかりを浴びてぼんやり立つてゐた。午後八時頃でもあつたらう。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
その石壇の処まで来て、詩人が月宮殿かと想うように、お嬢さんの家を見た時、小ぢんまりとした二階の障子にあかりがさした。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
百樹曰、越遊ゑついうして大家のつくりやうを見るに、はしらふときこと江戸の土蔵のごとし。天井てんじやう高く欄間らんま大なり、これ雪の時あかりをとるためなり。戸障子としやうじ骨太ほねふとくして手丈夫ぢやうぶなるゆゑ、しきゐ鴨柄かもゑひろあつし。