掻上かきあ)” の例文
しばらくして、浦子はぎょくぼやの洋燈ランプの心をげて、あかるくなったともしに、宝石輝く指のさきを、ちょっとびんに触ったが、あらためてまた掻上かきあげる。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長く濃かった髪は灰色に変って来て、染めるに手数は掛かったが、よく手入していて、その額へ垂下って来るやつを掻上かきあげるたびに、若い時と同じような快感を覚えた。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
物を言う時には絶えず首をうごかす、其度にリボンが飄々ひらひらと一緒にうごく。時々は手真似もする。今朝った束髪がもう大分乱れて、後毛おくれげが頬をでるのを蒼蠅うるさそうに掻上かきあげる手附もい。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
うして又、ヒステリーにったんでしょう。」と、冬子は不意に顔をげた。お葉に掴みこわされた前髪のひさしくずれたままで、掻上かきあげもせぬ乱れ髪は黒幕のように彼女かれの蒼い顔をとざしていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
粲然ぱつとしたる紋御召のあはせ黒樗文絹くろちよろけん全帯まるおび華麗はなやかべにの入りたる友禅の帯揚おびあげして、びんおくれのかか耳際みみぎは掻上かきあぐる左の手首には、早蕨さわらび二筋ふたすぢ寄せてちようの宿れるかたしたる例の腕環のさはやかきらめわたりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
言懸けてうつむく時、ゆるき前髪の垂れけるにぞ、うるさげに掻上かきあぐるとて、ようやく少年にからみたる、そのかいなほどきけるが、なおかれが手を握りつつ
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婀娜あだに唇の端を上げると、ひそめた眉をかすめて落ちた、びんの毛を、じれったそうに、うしろへ投げて掻上かきあげつつ
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
枕を前に、飜った掻巻かいまきせなの力に、堅いもののごとくかいなを解いて、とそのびん掻上かきあげた。我が髪ながらヒヤリと冷たく、つまに乱れた縮緬ちりめんの、浅葱あさぎも色のすごきまで。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
覚束おぼつかなげに巡査の声色こわいろい声で使いながら、打合せの帯の乳の下の膨らんだ中から、一面の懐中鏡を取出して、顔を見て、ほつれ毛を掻上かきあげた。そのくしを取直して、鉛筆になぞらえて
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母も後毛おくれげ掻上かきあげて、そして手水ちょうずを使って、乳母うば背後うしろから羽織はおらせた紋着に手を通して、胸へ水色の下じめを巻いたんだが、自分で、帯を取ってしめようとすると、それなり力が抜けて
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おもての色は変へたれども、胸中無量の絶痛は、少しも挙動にあらはさで、渠はなほよくせいを保ち、おもむろにその筒服ズボンを払ひ、頭髪のややのびて、白きひたいに垂れたるを、左手ゆんでにやをら掻上かきあげつつ
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
おもての色は変えたれども、胸中無量の絶痛は、少しも挙動にあらわさで、渠はなおよく静を保ち、おもむろにその筒服ズボンを払い、頭髪のややのびて、白き額に垂れたるを、左手ゆんでにやおら掻上かきあげつつ
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薄紅ときいろ撫子なでしこと、藤紫ふじむらさき小菊こぎくかすかいろめく、友染いうぜんそつ辿たどると、掻上かきあげた黒髪くろかみ毛筋けすぢいて、ちらりと耳朶みゝたぼと、さうして白々しろ/″\とある頸脚えりあしが、すつとて、薄化粧うすげしやうした、きめのこまかなのさへ
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
まあお聞きそれからしまのお召縮緬めしちりめん、裏に紫縮緬の附いた寝衣ねまきだったそうだ、そいつを着て、紅梅の扱帯しごきをしめて、蒲団の上で片膝を立てると、お前、後毛おくれげ掻上かきあげて、懐紙で白粉おしろいをあっちこっち
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
めし平生着ふだんぎに桃色のまきつけ帯、衣紋えもんゆるやかにぞろりとして、中ぐりの駒下駄、高いのでせいもすらりと見え、洗髪あらいがみで、濡手拭ぬれてぬぐい紅絹もみ糠袋ぬかぶくろを口にくわえて、びんの毛を掻上かきあげながら、滝の湯とある
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)