とばり)” の例文
窓にはことごとくとばりが下りている。右手にグランド・ピアノがあって、真中の円卓のまわりに、茶色の絹張りの安楽椅子が並んでいる。
そうするとあれはとばりの向うに瞬いている星をみつめて、にこにこと嬉しそうに聞きながらやがてスヤスヤと眠りに就いていたのです。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
とばりの背後より立ち出づ。メフィストフェレスが手に帷をかかげて顧みるとき、古風なる臥床に横はれるファウストの姿、見物に見ゆ。)
あの一刹那せつなにわたくしの運命は定まったのでございます。わたくしは開けようと思った戸を開けずに、とばりの蔭に隠れていました。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
どんなところでも、夜のとばりの裾のはいり込まないところはない。そしていばらに引掛っては破れ、寒さに会っては裂け、泥によごれてはいたむ。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
彼女の椅子の後には、絳紗かうしやとばりを垂れた窓があつて、その又窓の外には川があるのか、静な水の音やかいの音が、絶えず此処まで聞えて来た。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
よしやそのとばりをまったく掲げることは許されないまでも、少なくともその光を明らかに透かし見せることだけはおそらく許されるであろう。
月のうす明るい夜で、丞相がしゃとばりのうちから透かしてみると、賊は身のたけ七尺余りの大男で、関羽かんうのような美しい長いひげやしていた。
たまには蒹葭堂けんかどう無腸子むちょうしのやうな篤志家とくしかも出なんだではないが、この地にとばりを下した学者といふても多くは他国から入りこんで来た者であつた。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
月はまつたく姿をかくし、深い雲のとばりをぴつたりと引いてしまつた。夜は暗くなり、疾風しつぷうに乘つた雨が慌しくやつて來た。
中には手前の壁に寄せかけて安楽椅子をはじめ五六脚の形のちがった椅子を置き、そのむこうには青いとばりを引いてあった。そこは寝室らしかった。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
とばりを垂れたる六層の觀棚さじきも、せきあまりに大いにして客常に少ければ、却りて我をして一種の寂寥と沈鬱とを覺えしめき。
ベッドは薄絹のとばりおおい隠されていたが、その絹をとおして、純白のシーツと、ぼんやりした人の姿とがながめられた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なんでも幅広な、奥深いとばりに囲まれて、平凡な実世界の接触を免かれて、さういふところでは一種特別な生活が行はれてゐるのではあるまいかと思ふ。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
渠等かれらが炎熱を冒して、流汗面にこうむり、気息奄々えんえんとして労役せる頃、高楼の窓半ば開きて、へいげんとばりを掲げて白皙はくせきおもてあらわし、微笑を含みて見物せり。
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その濃緑のとばりからは何処ともなく甘い香りと蜂の羽音とがあふれ出てひそやかな風に揺られながら私を抱き包んだ。
フランセスの顔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
……霧の下りて来る季節で、朝な朝な、草庵そうあんの周囲は灰白色のとばりに包まれた、そして日が高く昇ると、雪のある甲斐駒の嶺がまぶしくぎらぎらと輝いた。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこらが全くよるとばりおおつつまるる頃まで、草原を乗まわしている、彼女の白い姿が、往来の人たちの目をいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
よるのやうなばくとした憂愁の影に包まれて、色と音と薫香くんかうとの感激をもて一糸を乱さず織りなされた錦襴きんらんとばりの粛然として垂れたるが如くなれと心に念じた。
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
愈々いよいよ、暗い運命の手は、更に一枚のとばりを増して、私たちを包んだことになるではないか? こう思ってふと鴨居かもいを見ると其処そこには「金毘羅大神」の文字が
犬神 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
列島の彼方かなたに別にエメラルドの色をたたえているのは八代やつしろ海である。けれども今目路めじの限り、紫がかった薄絹のとばりように、朝霞あさかすみが一面に棚引いているのだ。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
そういう感じは、ジャックリーヌが話に加わるときいっそうはっきりしてきた。するとオリヴィエとクリストフとの眼の間に、皮肉のとばりがはさまってきた。
……娼家の門の上にはプリアポスの神に捧げられた、猥らな絵を描いた街燈が点っていて、戸口のとばり——セントンを挙げる毎に、内部の模様が見透かされた。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
ただ映画によって濃きも淡きも生じて白いとばりの上にさまざまの姿を映す。そのさまざまの姿こそ万物である。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
人間の瞳をあざむき、電燈の光を欺いて、濃艶のうえんな脂粉とちりめんの衣装の下に自分を潜ませながら、「秘密」のとばりを一枚隔てて眺める為めに、恐らく平凡な現実が
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それどころか——朝から天候の悪かった所為せいもあろうが——もうなんとなく薄暗くさえなって来て、荒涼とした廃頽的はいたいてきなこの原が、暗澹あんたんたるとばりに覆われるのも
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
帳台の四方のとばりを皆上げて、後ろのほうに法華経ほけきょう曼陀羅まんだらを掛け、銀の華瓶かへいに高く立華りっかをあざやかにして供えてあった。仏前の名香みょうこうには支那の百歩香ひゃくぶこうがたかれてある。
源氏物語:38 鈴虫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼らは息をひそめてしばらく外の様子をうかがった。遠く山上の敵塁から胡笳こかの声が響く。かなり久しくたってから、音もなくとばりをかかげて李陵が幕の内にはいって来た。だめだ。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
三階に着くより静緒は西北にしきたの窓に寄り行きて、効々かひがひしく緑色のとばりを絞り硝子戸ガラスど繰揚くりあげて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かえりみれば、下野の男体山から赤城、榛名、妙義、荒船、秩父山かけて大きく包まれている関東平野は、もう浅春の薄い霞のとばりをおろして、遠く房州の方へ煙っているというのに
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
中将はにこやかにたちて椅子をすすめ、椅子に向かえる窓のとばりを少し引き立てながら
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
私はそっととばりを開いて差し覗いて見た。すやすやと庄亮が眠っている。少し斜めに壁の方に身体をねじ曲げ気味に片手枕で、毛布を蹴ぬいて、何かしら弱々しそうな息づかいである。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
案内の武士が、営門のとばりをあげて、閣の庭を指すと、紀霊は何気なく入りかけたが
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分達が浮世絵の博物館をふた時は曇つた日の午後三時頃であつたが、各室の監視人は自分達の為におほひのとばりてつして浮世絵の一一いち/\を実は内内ない/\迷惑を感じるまで仕細に観せて
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
私は例え夜があけてもかまわぬ一歩でも下の方へ降りたいと言う、とは言え、七曲りの尽きた下は又大樹林で、見た所でも闇のとばりに閉じられた森を、何うして路のわからないのに抜けられよう
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
ところが、そのとき、鼠が二匹、ベッドのとばりをのぼって来ると、ベッドの上をあちこち嗅ぎまわって、ちょろ/\走り出しました。一匹などは、も少しで、私の顔にいのぼろうとしたのです。
ひゆのやうに紫ばんだ薔薇ばらの花、賢明はフロンド黨の姫君の如く、優雅いうがはプレシウズれんの女王ともいひつべきひゆのやうに紫ばんだ薔薇ばらの花、うつくしい歌を好む姫君、姫が寢室ねべやとばりの上に、即興そくきよう戀歌こひか
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
眞黒な錦襴のとばりは九番目の祕密を垂らした
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
背後うしろには小さいとばりが垂れてある。
大和田おほわだの原、天の原、二重ふたへとばり
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
わたしの書斎のとばりうか
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
花のとばりの中絶えて
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
奥の壁の右手にある窓には、長くすんなりとひだを作りながら、白いモスリンのとばりがかかっている。次の間に通ずる白い扉は、右手にあった。
衣裳戸棚 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
錦のとばりの見えるへやの中に燈火あかりいていた。章はその室へ通されて一人で坐っていた。乳母と女が入ってきた。二人の手には肉を盛った鉢があった。
狼の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それから数月の後、ある夜のことである。崔は戸を閉じ、とばりを垂れてしんに就くと、夜なかに女の姿が見えなくなった。
彼はとばりを少し開いた、そして豆ランプの光でさしのぞくと、ファンティーヌの静かな大きい目が彼をじっと見ていた。
しかしその間に金花の夢は、ほこりじみた寝台のとばりから、屋根の上にある星月夜へ、煙のやうに高々と昇つて行つた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それは現今のフランスには思いがけないものであり、現今のフランスが容認するのを恥じてるものであり、慎み深くその上にとばりを投げかけてるものである。
われも昔はかゝる兒どもの夥伴つれなりしに、今堂上にありて羅馬の貴族に交るやうになりたるは、いかなる神のみ惠ぞ。われはとばりの蔭にひざまづきて神に謝したり。
飛び込むと同時に、私はさっと寝台の背後うしろとばりを引きあけた。そうしておいてすぐ窓の方へ走り寄って、この方もまた二カ所ばかりの重い帷をさっと引いてみた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)