寂寞ひっそり)” の例文
つまさぐりに、例の上がり場へ……で、念のために戸口に寄ると、息が絶えそうに寂寞ひっそりしながら、ばちゃんと音がした。ぞッと寒い。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
急に自ら思いついたらしく、坂の上から右に折れて、市ヶ谷八幡の境内へと入った。境内には人の影もなく寂寞ひっそりとしていた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
時間外という考えを少しも頭の中に入れていなかった彼女には、それがいかにも不思議であったくらい四囲あたり寂寞ひっそりしていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一時騒々しかったプラットホームもやがて寂寞ひっそりとして、駅夫の靴の音のみ高く窓の外に響く、車掌は発車を命じた。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
往来の上下をめまわすと、屋敷町の片側通りだ、御府内といえ、一つ二つ横町へそれたばかりなのにもうこの静けさ、庫裡くりのように寂寞ひっそりとしたなかに
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
鵯の止っている栗林は夕空に頭を揃えていて、一帯いったいに空気が沈んで、寂寞ひっそりとしていて悲しそうな景色であった。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
あとは、しばらく、隣座敷に、火鉢があるまいと思うほど寂寞ひっそりした。が、お澄のしめやかな声が、何となく雪次郎の胸に響いた。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夜はもう二時を過ぎたろう、寂寞ひっそりとしてまるで絶滅の時を見るようである。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
一昨日おとといから、内にはボンボン時計も無いんでしょう。ですから、チンリンと云う音もしないで、寂寞ひっそりぽかんとしているんですわ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
槙真三が、旅館兼料理屋の、この郊外の緑軒みどりけんを志して、便宜で電車を下りた時は、真夏だと言うのに、もう四辺あたり寂寞ひっそりしていたのであった。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そう言えば、全校の二階、下階した、どの教場からも、声一つ、しわぶき半分響いて来ぬ、一日中、またこの正午ひるになる一時間ほど、寂寞ひっそりとするのは無い。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
またその時、おつう悪黙りに黙ってしまって、ふと手の着けられぬまで、格子の中が寂寞ひっそりして、薄気味の悪いほど静まった。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
滝かと思う蝉時雨せみしぐれ。光る雨、輝くの葉、この炎天の下蔭は、あたかも稲妻にこもる穴に似て、ものすごいまで寂寞ひっそりした。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
裏町の中程に懸ると、両側の家は、どれも火が消えたように寂寞ひっそりして、空屋かと思えば、蜘蛛くもの巣を引くような糸車の音が何家どこともなく戸外おもてへ漏れる。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
滝かと思ふ蝉時雨せみしぐれ。光る雨、輝く、此の炎天の下蔭したかげは、あたか稲妻いなずまこもる穴に似て、ものすごいまで寂寞ひっそりした。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
お千世は、前刻さっきそこを見せられたついでに、……(眠かろう先へお寝な。)と言われたのである。そして寂寞ひっそりして今しがた、ずるずると帯を解いた気勢けはいがした。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
を隔てた座敷に、あでやかな影が気勢けはいに映って、香水のかおりは、つとはしりもとにも薫った。が、寂寞ひっそりしていた。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、その座敷もまだ寂寞ひっそりして、時々、階子段はしごだん、廊下などに、遠い跫音あしおと、近く床しき衣摺きぬずれの音のみ聞ゆる。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黙って帰して、叱られはしまいか、とそこで階子段はしごだんの下に立寄って、様子を見たが、寂寞ひっそりしている。のぞくようにしたけれども屏風はたったり、行燈の火もれず。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
老人は、石の壇に、用意の毛布けっと引束ひったばねて敷いて、寂寞ひっそりとして腰を据えつつ、両手を膝に端坐した。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
がたがた音がした台所も、遠くなるまで寂寞ひっそりして、耳馴れたれば今更めけど、戸外おもて万のかわずの声。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのせいか、今は寂寞ひっそりしているでしょうがね、さあ、そうと知れると、残酷なようで申訳はないが、血を吐く声も懐かしい、これッきり、声が聞えなくなってどうします。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と応じて、呆れたように云った、と思うと、ざっと浪が鳴って、潮が退いたらしく寂寞ひっそりする。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見附の火の見やぐら遠霞とおがすみで露店の灯の映るのも、花の使つかいながめあえず、遠火であぶらるる思いがしよう、九時というのに屋敷町の塀に人が消えて、御堂みどうの前も寂寞ひっそりとしたのである。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「かえって賑かで大きに可い。悪く寂寞ひっそりして、また唐突だしぬけに按摩に出られては弱るからな。」
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし寂寞ひっそりとした四辺あたり光景ようすが、空も余りに澄み渡って、月夜か、それとも深山みやまかと思われるようでありましたのは、天地が、その日覚悟をめて死ににく、美人に対する
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
遠くで、内井戸うちいどの水の音が水底みなそこへ響いてポタン、と鳴る。不思議に風がんで寂寞ひっそりした。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
向うの真砂町の原は、真中あたり、火定の済んだ跡のように、寂しく中空へ立つ火気を包んで、黒く輪になって人集ひとだかり。寂寞ひっそりしたその原のへりを、この時通りかかった女が二人。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
閃々きらきらと金糸のきらめく、美しいひとの半襟と、陽炎に影を通わす、居周囲いまわりは時に寂寞ひっそりした、楽屋の人数にんずを、狭い処に包んだせいか、張紙幕びらまくが中ほどから、見物に向いて、風をはらんだか
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寒さは寒し、なるほど、火を引いたような、家中寂寞ひっそりとはしていたが、まだ十一時前である……酒だけなりと、頼むと、おあいにく。酒はないのか、ござりません。——じゃ、麦酒ビイルでも。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それにも、人の往来ゆききまばらなのが知れて、くまなき日当りが寂寞ひっそりして、薄甘く暖い。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それでも寂寞ひっそり、気のせいかあかりも陰気らしく、立ってる土間は暗いから、くさめを仕損なったような変な目色めつきで弥吉は飛込んだ時とは打って変り、ちと悄気しょげた形で格子戸を出たが、後を閉めもせず
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雨は勝手に降って音も寂寞ひっそりとしたその中を、一思いに仁王門も抜けて、御堂みどうの石畳を右へついて廻廊の欄干を三階のように見ながら、ひさし頼母たのもしさを親船のみよしのように仰いで、しぶきけつつ
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お夏の水髪を二筋三筋はらはらと頬に乱して、さっと吹いてそのまま寂寞ひっそり
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あれ聞け……寂寞ひっそりとした一条廓ひとすじくるわの、棟瓦むねがわらにも響き転げる、わだちの音も留まるばかり、なだの浪を川に寄せて、千里のはても同じ水に、筑前の沖の月影を、白銀しろがねの糸で手繰ったように、星にきらめく唄の声。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
泉殿せんでんなぞらへた、飛々とびとびちんいずれかに、邯鄲かんたんの石の手水鉢ちょうずばち、名品、と教へられたが、水の音よりせみの声。で、勝手に通抜とおりぬけの出来る茶屋は、昼寝のなかばらしい。の座敷も寂寞ひっそりして人気勢ひとけはいもなかつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ここの戸はしまっておらず、右に三軒、左に二軒、両側の長屋はもう夜中で、あかるい屋根あり、暗い軒あり、影は溝板どぶいたの処々、その家もここも寂寞ひっそりして、ただ一つ朗かな蚯蚓みみずの声が月でも聞くと思うのか
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
泉殿せんでんなぞらえた、飛々とびとびちんのいずれかに、邯鄲かんたんの石の手水鉢ちょうずばち、名品、と教えられたが、水の音より蝉の声。で、勝手に通抜けの出来る茶屋は、昼寝の半ばらしい。どの座敷も寂寞ひっそりして人気勢ひとけはいもなかった。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「大きな店らしいのに、寂寞ひっそりしている。何屋だろう。」
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雨の音で、寂寞ひっそりする、と雲にむせるように息がつまった。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宵の口はかえって寂寞ひっそりしている。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寂寞ひっそりあられが止む。
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)