くりや)” の例文
吹雪の夜、くりやの戸がことことと鳴るのに驚いて出て見ると、餌をあさりに来た鹿であったり、時にはこうしほどもある狼であったりする。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
兵の手でくりやへ届けられたものだという。この戦時下では手に入らない品々がならべてある。「取ッておけ」と言ってから、時親はまた
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ一人暇を取らずにいた女中が驚きめて、けぶりくりやむるを見、引窓ひきまどを開きつつ人を呼んだ。浴室は庖厨ほうちゅうの外に接していたのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私たち無産階級の婦人はいずれも家庭にあってくりやつかさどっているだけ、食糧の欠乏については人一倍その苦痛を迅速にかつ切実に感じます。
食糧騒動について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
老婢ろうひは表へ飛出す目標を失つて、しよんぼり見えた。用もなく、くりやの涼しい板の間にぺたんとすわつてゐるときでも急に顔をしわ
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
一度は自らくりやへ下りて自分で骨をたたく、米も洗う、味噌もする、薪も割れば水もくむ、いろいろの塩梅を自分でやってみてはじめて味がわかる。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
これと同時にくりやにては田楽でんがくを焼き初む。味噌のにおいに鬼は逃ぐとぞいふなる。撒きたる豆はそを蒲団ふとんの下に敷きていぬれば腫物出づとて必ず拾ふ事なり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
自分はその時今朝見た息子むすこの顔と、アグニスとの間にどこか似たところがあるような気がした。あたかもアグニスは焼麺麭トーストかかえてくりやから出て来た。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「おい、おしも、今帰ったよ」くりやに向かって声を掛けたが、声が掛かっても唖のことで、お霜が返辞をしようもない。いつもの癖で掛けたまでであった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
丁香ていかう薔薇しやうびの清凉なるにもあらず、将又はたまた百合の香の重く悩ましきにも似ざれば、人或はこれを以て隣家のくりやに林檎を焼き蜂蜜を煮詰むる匂の漏来もれきたるものとなすべし。
来青花 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
くらゐでは主人しゆじん注意ちういくにはらなかつた。さうしてこめ窮迫きうはくしたかれくりや少時しばしうるほすのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
くりやの夕暮、塗籠ぬりごめの二階、の子のたたずまい、庭の中というように、至るところに筒井は夫の呼吸を感じ、そのたびに少しきびしい声音こえになって筒井は胸の中でいった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
其の人を見てあわただしからんは、六三思はんことの恥かしとて、美酒よきさけ鮮魚あざらけきくりやに備ふ。
短くなりまさった日は本郷ほんごうの高台に隠れて、往来にはくりやの煙とも夕靄ゆうもやともつかぬ薄い霧がただよって、街頭のランプのがことに赤くちらほらちらほらとともっていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そのあいだにも、こうしふとったのが殺され、森には猟師たちの喚声がひびき、くりやは山海の珍味でいっぱいになり、酒蔵からはライン酒やフェルネ酒がしこたま運びだされた。
貫一もこれをりて、余所よそながら過来すぎこくりやに、酒の、物煮る匂頻にほひしきりて、奥よりは絶えず人の通ふ乱響ひしめきしたる、来客などやと覚えつつ、畔柳が詰所なるべき一間ひとまに導かれぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
中間は焦れて、裏口から廻ってくりやらしい所を覗いたが、そこにも人のかげは見えなかった。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのうちに部下がくりやの方から手桶に水を入れて持って来たので、飯田は草鞋わらじを解いてそれで足を洗ってあがると、僧は後から来て次のへやへ案内した。塵の溜った狭い室であった。
怪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
くりや建増たてましになってから、三つ続きの大きな竈もその方へ移されて、別に改良した煉瓦の竈も添わっている。内井戸も出来て、流し場も取りつけられ、すべては便利になっている。
そのごとく大黒の槌はガネサの斧の変作で、くりやを荒らす鼠を平らぐるが本意とみえる。
いきなり蒲団の裾をまくって足の浮腫むくみをしらべ、首をかしげながらなにかぶつぶついっていたが、そのうちにくりやへ行って、昨日飲みのこした一升瓶をさげてくると、枕元へあぐらをかき
骨仏 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ほうと大きな声をたてると、にやにやと笑って、くりやの方へ駈けこんでいった。
暗号音盤事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
隣りびと W. Timacus のくりやには窻はうち開きフライパンが見ゆ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
片折戸かたをりどしづかにおとなふはきゝなれし聲音こはねなり、いとくりやのかたにこゑをかけて、たま雪三せつざうまゐりたりとおぼゆるに、燈火ともしびとくと命令いひつけながら、ツトたちかどかたうちやりしが、やみにもしるきしろげて
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
くりやの事をば沙汰しける松下常慶まつしたじやうけいを召して今少し塩加減よくすべしと諭ししかば、此の老人主が側に進み寄りて、何事をかささやきしに、主は言葉なくして唯笑ひけるを、彼れ其の儘退きしと云ふ。
大久保湖州 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
この句も恐らく芭蕉の実況で、二升樽の酒をくりやに蔵していた。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
一坪のくりやは活気をていしていわしを焼く匂いが僕の生唾なまつばさそった。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
◦西洋料理くりやの友 精養軒主人口授くじゅ、大倉書店、三十五銭
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
くりやの役人と打ち合せて、油断なくいたしましょう。
よそのくりやからもれる味噌汁の匂が戀しいのです。
砂がき (旧字旧仮名) / 竹久夢二(著)
くりやに見つけたこの梅酒のかをりある甘さを
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
河に面したくりや葉牡丹はぼたん腋臭わきがから
北原白秋氏の肖像 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
くりやの口に横はるは垂死すゐしをんな
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
くりやにのこるハムのにほひかな
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
友は壁のあなたのくりやから
婦はくりやはしく
ゆうべくりや
別後 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
くりやにひゞき
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
くりやにも
故郷の花 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
ひざがしらがおののいた、けれどそのままくりやへゆこうとすると姑の呼びとめる声がしたので、心せきながらたち戻ってふすまをあけた。
日本婦道記:不断草 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
『おお、あの夜は、おれもいた。客どもは、たべ酔うて、秋の月よりはくりやの月をこそ、見せろ、見せろ——などと渡を困らせて』
まきはすつかり老齢に入つて、掃除やくりやのことは若い女中に任せて自分はたゞ部屋に寝起きして、とき/″\女中の相談にあずかればよかつた。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
「よくご存じでございます。先刻あちらのくりやで、寒山と申すものと火に当っておりましたから、ご用がおありなさるなら、呼び寄せましょうか」
寒山拾得 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
くりやの中では先刻から、コトコト水音がしていたが、ひょいと小娘が顔を出した。丸顔の色白で、目鼻立ちもパラリとして、愛くるしいきりょうであった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さて今くりやにて鍋取を用うる家たまたまあれども草鞋わらじ足半あしなかの形に作れり、古製はしからず。
ひとときのゆめに、昼深いときのうつつにもお現れくださいませ、庭のさまよいにでも、くりやにはたらいているときにでもただそのひと言をおらしくださいませ、声あらば声をとどかせ
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
風の暴頻あれしき響動どよみに紛れて、寝耳にこれを聞着ききつくる者も無かりければ、誰一人いでさわがざる間に、火は烈々めらめら下屋げやきて、くりやの燃立つ底より一声叫喚きようかんせるはたれ、狂女は嘻々ききとして高く笑ひぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
案内者は平気な顔をしてくりやを御覧なさいという。厨は往来おうらいよりも下にある。今余が立ちつつある所よりまた五六段の階を下らねばならぬ。これは今案内をしている婆さんの住居すまいになっている。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
隣りびと W. Timacus のくりやには窻はうち開きフライパンが見ゆ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
私の歯はこの魚腹に葬られるかと見ていると、鱶はこんな物を呑むべく余りに大きい口をあいて、くりやから投げあたえる食い残りの魚肉をあさっていた。私の歯はそのまま千尋ちひろの底へ沈んで行ったらしい。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)