上衣うわぎ)” の例文
ふねの中は藻抜けの殻だ——今まで敵だと思った人影は盗み出した品物を積み上げて、それに上衣うわぎを着せ帽子をかぶせた案山子かかしであった。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
五つぎぬ上衣うわぎ青海波せいがいはに色鳥の美しい彩色つくりえを置いたのを着て、又その上には薄萌黄うすもえぎ地に濃緑こみどりの玉藻をぬい出した唐衣からごろもをかさねていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それは下着から上衣うわぎやネクタイに至るまで、ことごとくガラス繊維で織られたものであるが、かなり柔軟性があつて、着心地は悪くない。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
黒い上衣うわぎに短い半ズボンを穿いてすねをあらわした仏蘭西風の子供の風俗は、国の方で見るものとは似てもつかないようなものばかりだ。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
四郎五郎しろごろうさんのやぶよこまでかけてると、まだ三百メートルほどはしったばかりなのに、あつくなってたので、上衣うわぎをぬいでしまった。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
第一腹がって蒲団も帽子も上衣うわぎもないのだ。今度棉入れを売ってしまうと、褌子ズボンは残っているが、こればかりは脱ぐわけにはかない。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
この点、私は現代の子供がすこぶる新鮮な母親を持ち、青い上衣うわぎ一枚で大威張りで飛んで行く明るい自由さを心から幸福だと考える。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
黒いはかまに白い上衣うわぎをきて、ひもを大きく胸のあたりにむすんだのが、歩くたびにゆらりゆらりとゆれる。右腕に古びたつぼを一つ抱えている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
役所より帰宅の後は洋服の上衣うわぎを脱ぎ海老茶色のスモーキングヂャケットに着換へ、英国風の大きなるパイプをくわへて読書してをられたり。
洋服論 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
のりのついた真白い、上衣うわぎたけの短い服を着た給仕ボーイが、「とも」のサロンに、ビール、果物、洋酒のコップを持って、忙しく往き来していた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「おい、戦利品せんりひんだ」私は、帆村の脇腹わきっぱらをつついて置いてから例の男の上衣うわぎから失敬したものを、卓子テーブルの下にソッと取り出した。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ふと、彼の腰掛のすぐ後に、ふらふらの学生が近寄ってくる。自分の上衣うわぎのポケットからコップを取出し、それに酒をいでもらっている。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そのうしろ姿を見送りながら私は、昨日のまま上衣うわぎのポケットに這入っている、ヨシ子の名刺と質札を、汗ばむ程握り締めた。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私は今日初めて明るい紫紺しこん金釦きんぼたん上衣うわぎを引っかけて見た。藍鼠あいねずみの大柄のズボンの、このゴルフの服はいささかはで過ぎて市中しちゅうは歩かれなかった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「うち、もう学校はめよおもてんねん」いうて、うしろから上衣うわぎ着せたげて、そのままそこに、脱ぎてた着物たとみながらすわってました。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
馬丁べっとうの辰公と彼とはなお懇意だった。辰公の好意で彼はズボンと上衣うわぎと、そしてやや大きすぎるけれど赤革の編上靴まで借りることができた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は大チャンが、なんでもこちらの希望するものを黒い上衣うわぎの中にかくしている、お伽噺とぎばなしの魔法使いのような気がした。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
又あるときはかしらよりただ一枚と思わるる真白の上衣うわぎかぶりて、眼口も手足もしかと分ちかねたるが、けたたましげにかね打ち鳴らして過ぎるも見ゆる。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ものの景色はこれのみならず、間近な軒のこっちからさおを渡して、看護婦が着る真白まっしろ上衣うわぎが二枚、しまい忘れたのが夜干よぼしになってかかっていた。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
給仕するしもべの黒き上衣うわぎに、白の前掛したるが、何事をかつぶやきつつも、卓に倒しかけたる椅子を、引起してぬぐひゐたり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
考えながら、神谷はふと上衣うわぎのポケットへ手をやった。すると、突如として、インスピレーションのように、一つの奇妙な考えが浮かんできた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一同は肩ならしをやったうえで、さっとシートに着いた、安場は上衣うわぎを脱いでノックした。それはなんということだろう。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
そのはよほど家柄いえがらうまれらしく、まるポチャのあいくるしいかおにはどことなく気品きひんそなわってり、白練しろねり下衣したぎうすうす肉色にくいろ上衣うわぎかさ
と汗ばんだ上衣うわぎを脱いで卓のうえに置いた、そのとき、あの無智な馬鹿らしい手紙が、その卓のうえに白くひっそり載っているのを見つけたのだ。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しばらってから、黄色いブラウスに白いスカアトをはいた、あなたと、赤いベレエ帽に、紺の上衣うわぎを着た内田さんとが、笑いながらやって来ます。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
少佐は、孫伍長が会釈えしゃくして上衣うわぎのボタンを外し顔をしかめて肌着の中に手を入れるのを、無表情な顔をして見ていた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
「万兵衛」と城主は無表情の声で、「二つの死骸を運ぶがいい。地下の工場へ持って行け。こいつらの血で染め上げた布で、俺の上衣うわぎを作ってくれ」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
四隅に置いたストーヴの暖かさで三十数名の男の社員達は一様に上衣うわぎを脱いで、シャツの袖口をまくり上げ、年内の書類及び帳簿調べに忙がしかった。
越年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
夫はもう上衣うわぎをひっかけ、春の中折帽なかおれぼうをかぶっていた。が、まだ鏡に向ったまま、タイの結びかたを気にしていた。
たね子の憂鬱 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
長吉はねずみちりめん無垢むく上衣うわぎぢりめん無垢の下着、白の浜縮緬ちりめんのゆまき、鹿の子のじゅばんを着ている。
それと見てMも上衣うわぎを引っかけて廊下へ出た。学生はうしろを気にするように、時おりり返りながら廊下の行詰ゆきづまりへ往って、それから階段をおりて往った。
死体を喫う学生 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこには今あわてて飛び出したらしいからの寝床や、椅子の背に掛けてある褐色の上衣うわぎがあるので、私はすぐにここが老執事の寝室であることをさとった。
僕は、自分自身にこう云って、石油を浸して上衣うわぎに火をけると同時に、それを格納庫内の飛行機へ投げつけた。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
「じゃ、わたし、やってみるわ!」とおきゃんなスパセニアがまず、上衣うわぎを脱ぎ始めました。誘われてジーナも笑いながら、無言で上衣を脱ぎ始めるのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
しかし新田進はぐに走寄はしりより、うめいている吉井を抱起だきおこして傷口をしらべた。白い上衣うわぎの胸まで、絞るほどの血だ。
廃灯台の怪鳥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
やがて、その時間じかんになると、としちゃんは、上衣うわぎのかくしから、よごれたハンカチをして、自分じぶんのハーモニカをいてちゃんとラジオのまえにすわりました。
年ちゃんとハーモニカ (新字新仮名) / 小川未明(著)
死体の上衣うわぎから、幅一フィートばかりの布片きれが裾から腰の辺まで裂いて、腰のまわりにぐるぐると三重に巻きつけて、背部でちょっと結んでとめてあったことを
シャツや上衣うわぎは今朝剛力の担ぐ荷物の中へ巻入れてしまったので、暑い道中は誠に結構であったが、この寒さでは閉口閉口。ブルブル震えながら山頂に立って
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
紺の背広の上衣うわぎを腕にひっかけて歩く悠吉の白いワイシャツと、やはり紺っぽい無地の着物を尻端しりはしょって歩く野村の白いチヂミのステテコが、夕日にまぶしい。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
彼女が株券を売って得た三千幾許なにがしの金は、彼の上衣うわぎの内かくしに入っているに違いない。彼は貧乏している癖に、いい煙草と競馬に金を浪費つかうのが好きであった。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
そう云いながら静子は甲斐々々かいがいしく信一郎の脱ぐ上衣うわぎを受け取ったり、襯衣シャツを脱ぐのを手伝ったりした。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
テーブルの上には指ぬきが一つ、糸まきが一つ、それに編みかけの長靴下が載っており、ゆかには型紙だの、まだ仮縫いの糸のついている黒い女の上衣うわぎが落ちている。
嫁入り支度 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼は上衣うわぎのポケットから絵はがきを四五枚とりだしました。みなトニイの店にあったものなんです。
街の少年 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
何を思ったか上衣うわぎの下に剣術エスクラム胸当てブラストロンのごとき、和製の真綿のチョッキを着込み、腹と腰に花模様の華やかな小布団クッサンを巻き付けたのは、多分防寒のためというよりは
何故なぜってあの油は、背中の上部の上衣うわぎから、ほころびの中のジャケットやり破れた肌の上まで、そして縛られた麻縄の表側へまでも、ひっこすった様に着いていたからね。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
神はその川の岸へつえをお投げすてになり、それからお帯やお下ばかまや、お上衣うわぎや、おかんむりや、右左のおうでにはまった腕輪うでわなどを、すっかりお取りはずしになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
白い縫い模様のあるえり飾りを着けて、のりで固めた緑色のフワフワした上衣うわぎで骨太い体躯からだを包んでいるから、ちょうど、空に漂う風船へ頭と両手両足をつけたように見える。
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
僕には荷物がほとんどなかった、というよりは全くなかったので、乗船客や運搬人や真鍮しんちゅうボタンの青い上衣うわぎを着た客引きたちの人波にまじって、その船の着くのを待っていた。
彼の服装は、これも同じく芝居がかりで、白い絹帽をかぶり、上衣うわぎにはらんの花をかざし、黄色い胴衣を着、同じく黄色い手袋を歩きながらパタパタやったり振ったりしていた。
例えば衣服一つだけについて見ても、汽車や電車の乗合のりあい、その他若干の人の集りに行けば、髪から履物はきものから帯から上衣うわぎまで、ほとんと目録を作ることも不可能なる種類がある。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)