遠近あちこち)” の例文
鶏の鳴きかわす声が遠近あちこちの霧の中に聞える。坂を越して野辺山が原まで出てまいりますと、霧の群は行先ゆくてに集って、足元も仄暗ほのぐらい。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして夜になると彼奴きゃつ等のたけしい唸り声を聞いて、遠近あちこちのさかりのついた野良犬や、狂犬どもが盛んに吠え立てるのだ。
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
殊に今朝は雨上りの所為せいか空は拭ったようで、遠近あちこちそびえ立っている大建築は形ながら色ながら瞭然くっきりとして頗る壮観だ。田鶴子さんも同感だったと見えて
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そのすこし前の戦争の時にはこの高処たかみへも陣が張られたと見えて、今この二人がその辺へ来かかッて見回すとちぎれた幕や兵粮ひょうろうの包みが死骸とともに遠近あちこちに飛び散ッている。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
続け打ちに打つ半鐘の音は、相変らずけたたましく聞えるけれども、さきほどまで遠近あちこちに聞えた助けを求むる声と、それにこたうる声とはこの時分は、もうあまり聞えなくなりました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)