纏向まきむく)” の例文
わたしは纏向まきむく日代ひしろの宮においで遊ばされて天下をお治めなされるオホタラシ彦オシロワケの天皇の御子のヤマトヲグナの王という者だ。
上州横室よこむろの赤城神社、駿河の愛鷹あしたか明神、越中の立山たてやま権現、大和では纏向まきむく穴師坐兵主あなしにますひょうず神社、東北では羽後飽海あくみ郡の国幣こくへい中社大物忌おおものいみ神社、同雄勝おがち郡大沢の荒羽波岐あらはばき神社、北秋田の七座ななくら神社森吉神社等
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
痛足河あなしがわは、大和磯城郡纏向まきむく村にあり、纏向山(巻向山)と三輪山との間にみなもとを発し、西流している川で今は巻向川と云っているが、当時は痛足あなし川とも云っただろう。近くに穴師あなし(痛足)の里がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
オホタラシ彦オシロワケの天皇(景行天皇)、大和の纏向まきむく日代ひしろの宮においでになつて天下をお治めなさいました。
ここに白して言さく、「が命は誰そ」と白ししかば、「纏向まきむく日代ひしろの宮にましまして、大八島國おほやしまぐにらしめす、大帶日子淤斯呂和氣おほたらしひこおしろわけの天皇の御子、名は倭男具那やまとをぐなの王なり。 ...
大帶日子淤斯呂和氣おほたらしひこおしろわけの天皇纏向まきむく日代ひしろの宮にましまして、天の下治らしめしき。
纏向まきむくの 日代ひしろの宮
纏向まきむく日代ひしろの宮は