“建沼河別”の読み方と例文
読み方割合
たけぬなかはわけ100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
この天皇の御子たち、并はせて五柱ませり。かれ若倭根子日子大毘毘(わかやまとねこひこおほびび)の命は、天の下治らしめしき。その兄大毘古(おほびこ)の命の子、建沼河別(たけぬなかはわけ)の命は、阿部の臣等が祖なり。
大毘古(おほびこ)の命一を高志(こし)の道(みち)に遣し、その子建沼河別(たけぬなかはわけ)の命を東(ひむがし)の方十二(とをまりふた)道二に遣して、その服(まつろ)はぬ人どもを言向け和(やは)さしめ、また日子坐(ひこいます)の王(みこ)をば、旦波(たには)の國三に遣して
かれ大毘古(おほびこ)の命は、先の命のまにまに、高志(こし)の國に罷り行(い)でましき。ここに東の方より遣しし建沼河別(たけぬなかはわけ)、その父大毘古(おほびこ)と共に、相津(あひづ)一三に往き遇ひき。かれ其地(そこ)を相津(あひづ)といふ。