庶腹しょふく)” の例文
義竜は弘治こうじ二年の春、庶腹しょふくの兄弟喜平次きへいじ孫四郎まごしろうの二人を殺し、続いて父道三どうさん鷺山さぎやまたたこうて父をほろぼしてからは、美濃みのの守護として得意の絶頂に立っていたが
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
山名屋五左衛門は庶腹しょふくの弟で家を継ぎましたが、五左衛門の兄に当る先代五左衛門の子の宗兵衛そうべえというのが、五十を越してせがれ宗次郎そうじろうと一緒に、金沢町に細々と暮しておりました。