“嫁合(めあ)” の例文
それは十一代将軍徳川家斉(とくがわいえなり)の末の娘で淡路守の本家、因州鳥取三十二万五千石の城主、松平相模守慶徳(さがみのかみよしのり)に嫁合(めあ)わせるため、淡路守を仮親として、暫く此処(ここ)で育てて居るのでした。
お道とお杉の二人の姪(めひ)のうち、自分に親しかつた弟の娘で、美しくて女ひと通りの諸藝にも疎(うと)くないお道を偏愛(へんあい)し、それと手代の徳松を嫁合(めあ)はせて、相模屋の身上を讓るつもりであつたこと
母親のお早は持て余したあげく、親類中での褒めものの娘、お夏という十九になるのを娘分にして貰い受け、厄(やく)が過ぎたら金之助と嫁合(めあ)わせる積(つも)りで、朝夕の世話までさせることにしました。