元慶げんけい)” の例文
五百羅漢を彫った当羅漢寺の創建者である松雲元慶げんけい禅師の観音もありましたこと故、私の修業時代は、本所の五ツ目の五百羅漢寺といえば、東京方面における唯一ゆいつの修業場であって
陽成帝ようぜいてい元慶げんけいの五年五月には、在原行平ありわらのゆきひらが、奨学院しょうがくいんという学校を新たにおこしたが、そのときに、物部斯波もののべのしなみ連永野むらじのながのという二名の史生が、折から上洛中の陸奥みちのくの民の代表者をつれて来て、講堂で
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)