“ちばのすけつねたね”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
千葉介常胤66.7%
千葉之介常胤33.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
下総しもうさでは、印旛いんば新橋にっぱしあしさくという所に、これは頼朝の御家人ごけにんであった千葉介常胤ちばのすけつねたねの箸が、成長したという葦原があります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
寒川さむかわ五反保ごたんぼを濠として、その郭内くるわないに、侍屋敷の門をならべ、丘の猪鼻台いのはなだいに、一族の館を持っている千葉介常胤ちばのすけつねたねなども、当然、そうであった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのまま頼朝の人数が、下総しもうさの国府までかかると、千葉介常胤ちばのすけつねたねは、胤正、胤成たねしげ、胤道、胤頼などの子息たちを初め、一族郎党三百余を従えて、迎えに出ていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
千葉之介常胤ちばのすけつねたね舎弟國府こくふろう胤道たねみちの城跡であると申すを、此の国府の台を訛伝なまりつたえて鴻の台と申すのだろうが、たしか永禄の七年甲子きのえねの正月七日八日の戦いは激しかったという