靉靆たなび)” の例文
面影も、色も靉靆たなびいて、欄間の雲に浮出づる。影はささぬが、香にこぼれて、後にひかえつつも、畳の足はおのずから爪立つまだたれた。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
早や夜明け方となつて東はほんのりと白んで、空を見ると二十三日の片はれ月が傾ひて、雲はヒラ/\と靉靆たなびき、四面は茫乎ぼんやりして居るのです。私は月を見もつて行きました。
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂楢崎竜川田雪山(著)
しかし大抵の場合にはその不安の上に、より大いなる慈愛の雲が靉靆たなびいていた。彼は心配よりも可哀想かわいそうになった。弱いあわれなものの前に頭を下げて、出来得る限り機嫌を取った。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
にしきの帯を解いた様な、なまめかしい草の上、雨のあとの薄霞うすがすみ、山のすそ靉靆たなびうち一張いっちょうむらさき大きさ月輪げつりんの如く、はたすみれの花束に似たるあり。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
全く三保の浦から松の枝ぐるみ霞に靉靆たなびいて来たようでしたよ。……すぐわきの築山の池に、鶴が居たっけ、なあ……姉さん。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
みどりかみかつらまゆ皓齒かうしあたか河貝かばいふくんで、優美いうび端正たんせいいへどおよぶべからず。むらさきかけぬひあるしたうづたまくつをはきてしぬ。香氣かうき一脈いちみやく芳霞はうか靉靆たなびく。いやなやつあり。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あのかたたましひらつしやるところも、それでれます。……むらさきくも靉靆たなびそらぢやあなくつて、友染いうぜんかすみて、しろいお身体からだつゝむのでせうね——あゝ、それにね。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
されば、音にも聞かずして、摂津、摩耶山の忉利天王寺に摩耶夫人の御堂ありしを、このたびはじめて知りたるなり。西本の君の詣でたる、その日は霞の靉靆たなびきたりとよ。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しんとして、谷のかけひの趣あり。雲山岫さんしゅうくごとく、白気くだんの欄干を籠めて、薄くむらむらと靉靆たなびくのは、そこから下りる地の底なる蒸風呂の、煉瓦れんがを漏れいづる湯気である。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あわれ、その胸にかけたる繃帯は、ほぐれて靉靆たなびいて、一朶いちだの細き霞の布、暁方あけがたの雨上りに、きずはいえていたお夏と放れて、眠れるごとき姿を残して、揺曳ようえいして、空に消えた。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かつて文壇の梁山泊りょうざんぱくと称えられた硯友社けんゆうしゃ、その星座の各員が陣を構え、塞頭さいとう高らかに、我楽多文庫がらくたぶんこの旗をひるがえした、編輯所へんしゅうじょがあって、心織筆耕の花を咲かせ、あやなす霞を靉靆たなびかせた。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
路々みちみち拝んだ仏神の御名みなを忘れようとした処へ——花の梢が、低く靉靆たなびく……藁屋はずれに黒髪が見え、すらりと肩が浮いて、俯向うつむいて出たその娘が、桃に立ちざまに、目を涼しく
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一帯の霧が細流せせらぎのやうに靉靆たなびいて、空も野も幻の中に、一際ひときわこまやかに残るのである。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
これよりさき、湯屋の坂上の蒼空あおぞらから靉靆たなびく菊の影の中、路地へ乗り入れたその車。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちりも置かず、世のはじめの生物に似た鰐口わにぐちも、その明星に影を重ねて、一顆いっか一碧玉だいへきぎょくちりばめたようなのが、棟裏に凝って紫の色をめ、扉にみなぎっておぼろなる霞を描き、舞台に靉靆たなびき、縁をめぐって
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
羽衣が三保の浦に靉靆たなびくか、どうかを見るんだ、しかし、お悦さん、……
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
師走の末の早朝あさまだきあいの雲、浅葱あさぎの浪、緑のいわに霜白き、伊豆の山路のそばづたい、その苞入つといりの初茄子を、やがて霞の靉靆たなびきそうな乳のあたりにしっかと守護して、小田原まで使をしたのは、お鶴といって
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手をいたの、一人で大手を振るもあり、笑い興ずるぞめきにまじって、トンカチリと楊弓ようきゅう聞え、諸白もろはくかんするごとの煙、両側のひさしめて、処柄ところがらとて春霞はるがすみ、神風に靉靆たなびく風情、の影も深く、浅く
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日はまたかげって尾花白く、薄雲空に靉靆たなびく見ゆる。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
靉靆たなびき渡る霞の中に慈光あまねおん姿を拝み候。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)