せん)” の例文
いかほどお前たちが口惜くちおしく存じてもせんない事さ。とかく人の目を引くような綺麗なものは何ののとねたまれ難癖を付けられるものさ。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかしそれは今更後悔致し候とて何のせん無之これなく候えば、貴兄と同様今後いかに処すべきかを定め、それによって奮励するのほかなく候
師を失いたる吾々 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
坊ちゃん政——それは私にいつの間にか付けられたとおだった。もちろんかねて顔馴染かおなじみの二刑事が覚えているのもせんないことだろう。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
い。好い。そちの心底はわかっている。そちのしたことは悪いことかも知れぬ。しかしそれもせんないことじゃ。ただこののちは——」
三右衛門の罪 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
今更いまさらながら長吉ちようきち亂暴らんぼうおどろけどもみたることなればとがめだてするもせんなく、りられしばかりつく/″\迷惑めいわくおもはれて
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
吟味ぎんみせしに殘金十一兩りたり是を思へば文右衛門盜賊たうぞくでなき事は明白めいはくなり斯程かほどに證據ある上は汝何程陳ずる共せんなき事ぞいたき思ひを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
綱引の腕車くるまを勢よくはしらせ、宿処ブツクを繰り返しながら、年始の回礼に勉むる人は、せんずる所、鼻の下を養はん為めなるべし。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
せんつめて来ますと、どこに一つ二郎君を疑う理由も見出せないのです。如何でしょう、これでも二郎君が殺人犯人でしょうか
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし、私の執念しぶとさは、そのせんないことすらも、なんとかして、出来ることなら、より以上の近似に移そうといきみだしましたの。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
寺はせんずるに彼岸の浄土が此岸に映るすがたなのである。そこにはそれぞれに美しい物が集ってくる。品物はみな仏菩薩なのである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
この上はせんないことと思って兵馬は、もはや金助と一緒に泊ってみる必要もないから、なお金助を嚇しておいて、一人だけで引上げました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
山「それは困ります、しかし何う云う訳か話の様子に依って死なずともい事なら殺してせんがない、まア兎も角もお話しなさい」
時を積んで日となすとも、日を積んで月となすとも、月を積んで年となすとも、せんずるにすべてを積んで墓となすに過ぎぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そう知られては隠してもせんないこと。まこと今宵は左少弁殿と言いあわせて、法性寺詣でに忍び出たに相違ござりませぬ」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
オイ軽蔑さげすむめえぜ、馬鹿なものを買ったのもせんじつめりゃあ、相場をするのとちげえはねえのだ、当らねえにはまらねえわサ。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「大空の雲を当てにいずことなく、海があれば渡り、山があれば越し、里には宿って、国々を歩行あるきますのも、せんずる処、ある意味の手毬唄を……」
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「海沿い道は、わたれまいぞ。今朝は折ふし満潮の時刻。せんなし詮なし。山の手を駈けこえて、丹下たんげとりでまで急ごうず」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「遠くからでもそう見えたが、どうも考えごとをしていられるな、考えてもせんないことは考えなさらぬ方がいい。」
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
この言も一応聞いただけでは矛盾、アマノジャクのようなれども、深くせんじきたらばそのしからざることが分かる。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
もはやせんすべなしと観念の眼を閉ぢた悪魔の奴は永遠の如き饒舌の虜となり、厭世感を深めたといふ話があります。
清太は百年語るべし (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
過を悔しく思ひ、取繕はんと心配するは、譬へば茶碗を割り、其缺けを集め合せ見るも同にて、せんもなきこと也。
遺訓 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
娘のせんない遠慮深さに訊ね返して手間取るのももどかしいと思ったか嘉六は、むこうからさっさと説明しました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
つまりは本居もとおり氏が是をニヒナメの一つに統一せられたのは何のせんもなく、いわば後代の研究者のために、なお発見の喜びをのこされたものと言ってもよい。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
という一がある。せんじつめれば男子の力は思慮しりょとどまらでこれを判断し、しかしてこれを実行するにある。女子の力は判断するについてははなはだ弱い。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
おれのような縁の下の力持ち——そうだ、おれは自分のことを縁の下の力持ちだと思うが、どうだい。宿場の骨折りなぞはお前、説いてもせんのないことだ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
云わば方針の改変として示されるそういう不誠意については、誰がどんなに反撥してみてもせんないことである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
せんずるところ教育は個人の事業にも非ず、政府の事業にも非ず、国民共同の事業であるから資力のある人は率先してこれを援助せられんことを望む旨を
踊の達者で仇つぽくて、この上もなく結構な女房のお葉がだん/\厭になり、内弟子で弟分にしてゐた、佐野松が、次第に好きになつたのはせんないことでした。
武士の娘として、せんない、宿命と、諦めてくれい。わしとて、恋仲の女の兄を討つに、気軽に、参れるか。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
しばらく中から、戸をおさえてはみたものの、子供の力のせんすべくもなくもう諦めてしまってチョビ安は
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかしヘッケルの本の最後の数節は、いろいろな科学的な言葉は使ってあったが、せんじつめたところは、物質と勢力との一致という夢を描いたもののようであった。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
其さまは又猶萬里の長堤のごとし。遠うして更に遠しといふとも、せんずるに踏破しがたきにあらず。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
それも厭なりこれも厭なりで、二時間ばかりと云うものは黙坐して腕をんで、沈吟して嘆息して、千思万考、審念熟慮して屈托して見たが、せんずる所はもと木阿弥もくあみ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
玉が出ぬとは、なにによってせんじつけた。玉割はどうだろうと、持矢倉もちやぐらはかって射ちあげるくらい、なにほどのことがあろうか。貴様が否なら、伜の喜三郎にやらせる。
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
力の限り悶掻もがけども、更にそのせんなきのみか咽喉のどは次第にしばり行きて、苦しきこといはんかたなし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
その時代を、われわれはいくら希望どおりに、鋼鉄時代、古典クラシック時代、と呼んでもせんないことだ。
然云さういわけではいのです、れは貴方あなた苦痛くつうめて、わたくしめないといふことではないのです。せんずるところ苦痛くつう快樂くわいらくうつくもので、那樣事そんなこと奈何どうでもいのです。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
奔流に結びつ消ゆる飛沫の運命、それがせんずる所人々の歩むべき運命なのである。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
悪い事も考えれば善い事も考える、歩きたいと思えば足が動くし、手を揚げようとすれば手が揚がる、生理学者の説明はさることながらせんずるに人間は一向いっこうに判らない大怪物だいかいぶつである。
大きな怪物 (新字新仮名) / 平井金三(著)
せんずるところ、過去の経歴は未来の保証となすに足らず、過去の善行は未来の覚悟となすに足らず、女が良夫おっとを択ぶには過去を問うと同時に未来の覚悟如何に重きを置かなければなりません。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
昨夜ゆうべもお話した様なわけでネ、自分ながら思案に暮れましたの、どうせ泥水商売してるからにや、普通なみひとの様なこと思つたからとて、せんないことなんだから、いつそ松島と云ふひとの所へ行つて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
わずかの月日の内に三度まで葬儀を営める事とて、本来貧窮ひんきゅうの家計は、ほとほとせんすべもなき悲惨のふちに沈みたりしを、有志者諸氏の好意によりて、からくも持ち支え再び開校の準備は成りけれども
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
そこまでせんじつめて来ると、葉子には倉地もなかった。ただ命にかけても貞世を病気から救って、貞世が元通りにつやつやしい健康に帰った時、貞世を大事に大事に自分の胸にかきいだいてやって
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そしてせんじ詰めたところ、どちらが選ばれるにしても、結局は権勢争奪の傀儡かいらいであって、自分にはまったく去就の自由の与えられていないということが、たとえようもなく彼を虚無的にしてしまった。
野分 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「文筆詩歌」等もまた「せんなき事なれば捨つべき」ものである。法の悟りを得んとするものに美言佳句が何の役に立とう。美言佳句に興ずるごときものは「ただ言語ごんごばかりをもてあそんで理を得べからず」
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
叫べども呼べども遠きへだたりにおくれしわれのせんなきつかれ
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
せんずれば馬もほとけの身なれどもやいとすゑられてけばかなしも
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
かよわなるもの、せんずれば仏ならねどこの世は寂し。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
うたうたはずばせんぞなき
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
今更ながら長吉の乱暴に驚けども済みたる事なれば咎めだてするもせんなく、我が名を仮りられしばかりつくづく迷惑に思われて
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)