被衣かつぎ)” の例文
練り絹の裾だけに、堂や塔や伽藍や、武器だの鳥獣だのの刺繍をしている、白の被衣かつぎめいた長いきれを、頭からなだらかに冠っていた。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
服装は一様に黒ずくめで、バルクといって目だけ出して足の爪尖まで垂らした黒布の上から、ハバラという黒い被衣かつぎを掛けている。
七重文化の都市 (新字新仮名) / 野上豊一郎(著)
玉藻は薄い被衣かつぎを深くかぶって、濡れた柳の葉にその細い肩のあたりをなぶらせながら立っていると、これも俄雨に追われたのであろう。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この美女たちがいずれも長い裳裾もすそを曳き、薄い練絹ねりぎぬ被衣かつぎを微風になぶらせながら、れ違うとお互いにしとやかな会釈を交わしつつ
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
一方の木立のなかに、ちらとうごく人影を見たので、お蝶は、仮面と顔とをヒラリと被衣かつぎにくるんで、風のごとく馳けだしました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は既に陣中にある以上、女装をすることは却って不審を招くもとだと感じたので、かぶっていた被衣かつぎを、小さく畳んでふところに入れた。
トなだらかな、薄紫うすむらさきがけなりに、さくらかげかすみ被衣かつぎ、ふうわり背中せなかからすそおとして、鼓草たんぽゝすみれ敷満しきみちたいはまへに、美女たをやめたのである。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それからもうひと道中どうちゅう姿すがたくてはならないのが被衣かつぎ……わたくし生前せいぜんこのみで、しろ被衣かつぎをつけることにしました。履物はきものあつ草履ぞうりでございます。
また聖母の被衣かつぎの陰に隠そうとでもするかのように、彼を両手に抱き上げて聖像の方へ差し伸べたりしていた……すると、不意に乳母が駆けこんで来て
慌てて博士が抑えた、——と、いつ何処どこから現われたか、右手の闇の中に白い被衣かつぎを頭から被った亡霊のようなものが、ぼーっと幻の如く現われて来た。
亡霊ホテル (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
秋の末、木の葉がどこからともなく街道をころがって通るころから、春のかすみの薄く被衣かつぎのようにかかる二三月のころまでの山々の美しさは特別であった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
娘たちは緋羅紗の小袖にカバヤという広袖を被衣かつぎにし、刺繍のあるハンカチとグランの財布を袂に忍ばせる。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「それは私の被衣かつぎをその痩せ衰へた頭からとると、二つに引裂いて、床に投げつけて踏みにじつたのです。」
渦を巻く猛火みょうかのなかを、白い被衣かつぎをかずかれた姫君が、ねずみ色の僧衣のたくましいお肩に乗せられて、御泉水のめぐりをめぐって彼方かなたの闇にみるみるうちに消えてゆく
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
古びを帯びた蘆屋釜あしやがまから鳴りを立てて白く湯気の立つのも、きれいにかきならされた灰の中に、堅そうな桜炭の火が白い被衣かつぎの下でほんのりと赤らんでいるのも
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
被衣かつぎのような物を頭からすっぽりと着た女姿おんなすがたの者が開けた雨戸の口に立っていた。六郎はもう腰を浮かしていた。そして、その曲物を手取りにしてやろうと思った。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
家にいる時でも、他人が見えると几帳きちょうの蔭などに隠れたりする。外出の時は、被衣かつぎでもって面の見えないようにする。車に乗れば、簾で隠して人に見えないようにする。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それはその芽の生長をば小魚などに突っつかれて傷つかないように護る一種の被衣かつぎである。
洛北深泥池の蓴菜 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
そんな調子で、いくらか息がけるのは、雲や霧の被衣かつぎに包まれた時ぐらいのものだろう。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
白い被衣かつぎを被つたお桐の姿が先づ眼に入つた。彼はツカ/\と其側に進んで其白衣に手をかけて頭の方を少しまくつた。西向きに横に寝かしてあるお桐の横顔が薄黒く見えた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
被衣かつぎのような、淡い、白いひろがりをば、淡く甘美なる惝怳しょうこうの心と解いた。
その風にあおられて、白い被衣かつぎをかぶったと見える女の立ち姿が……。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
中には、もう、変化になり終られた岩井半四郎が、被衣かつぎを冠って、俯せになっております。これに、花四天がからみまして押戻しが出、そして、引っぱりの見得みえとなって、幕になるので御座います。
京鹿子娘道成寺 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
とかぶっていた被衣かつぎを脱いでみると、闇にもほの白い坊主頭である。
被衣かつぎのひまに見入みいるれば、あな『われ』なりき
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
かのにひやはら被衣かつぎるそれならねど、——
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
番紅花さふらん色の被衣かつぎ着て、神と人とに光明を
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
船路ふなぢ間近まぢか被衣かつぎ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
白馬はくばに抱く火の被衣かつぎ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
被衣かつぎかづいて
別後 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
その駕籠を護っているものといえば、被衣かつぎをかぶった四人の老女と、覆面姿の四人の若武士と、すねを出した二人の駕籠きとである。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
うす物の被衣かつぎの上に檜木笠を深くした上﨟ふうの若い女が草ぶかいいおりの前にたたずんで、低い優しい声で案内を求めた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さきに登子を乗せ、高氏もすぐあぶみを踏む。登子は、かいどりを被衣かつぎにした。袿衣うちぎなので、横乗りに、自然、鞍つぼの良人に甘えたような姿態しなになる。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして首尾よく構えの外へ脱出すると、すぐその場で松明を捨て、五六丁走った後に被衣かつぎかぶって、見渡すかぎり渺茫びょうぼうとした月明げつめいの中へ溶け込んで行った。
島かと思う白帆に離れて、山のの岬の形、にっと出たはしに、鶴の背に、緑の被衣かつぎさせた風情の松がある。
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
渦を巻く猛火みょうかのなかを、白い被衣かつぎをかづかれた姫君が、ねずみ色の僧衣のたくましいお肩に乗せられて、御泉水のめぐりをめぐつて彼方かなたの闇にみるみるうちに消えてゆく
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
あかりは化粧机の上に置いてあつて、床に這入る前に婚禮の衣裳いしやう被衣かつぎをかけておいた押入の扉は開け放しになつてゐました。そこで何かさら/\と云ふ音がするのです。
初対面しょたいめんのことゆえ服装ふくそうなども失礼しつれいにならぬよう、日頃ひごろこのみの礼装れいそうに、れい被衣かつぎ羽織はおりました。
それは被衣かつぎのようなものを頭からかぶった女房姿でございましたが、驚いたように内へお引込み遊ばされるとともに、唐戸をお締めになりました、それより他に怪しいことはございません
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
過ぎし日の被衣かつぎ遺物かたみ、——靜やかに
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
面隱おもがくし、ぶかに被衣かつぎうちまとひ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
光り耀く銀色の被衣かつぎに隱れ默然と
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
その時静かに襖が開いてあまが一人はいって来た。黒い法衣に白い被衣かつぎ。キリスト様とマリヤ様に仕えるそれは年寄りの尼であった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
美しく晴れた朝で、さわやかな秋風がうす物の被衣かつぎをそよそよと吹いて通った。澄んだ空は一日ましに高くなって、比叡も愛宕も秋の光りの中に沈んで見えた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しまかとおも白帆しらほはなれて、やまみさきかたち、につとはしに、つるに、みどり被衣かつぎさせた風情ふぜいまつがある。
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そこに干し忘れてある友禅ゆうぜんの小袖を見出すと、女は、それを取って黒髪の上から被衣かつぎのようにかぶりました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ですけど、やがてその人は、私の被衣かつぎを掛けてあるところから取つて、高く持上げながら長く見つめて、今度はそれを自分の頭の上に引かけて鏡の方を向いたのです。
法師丸は、女が城を落ちて来たように思わせるために、被衣かつぎを頭へかざしていたが、そのうすものゝ影が真っ白な地上に海月くらげの如くふわ/\するのを視つめながら歩いた。
上様の御傍おそばに変ったことがございますまいか、今ここを見廻みまわっておりますと、被衣かつぎを着た者が、ここの雨戸を開けて出ましたから、二刀ふたたち突きましたが、突かれながら、あれなる被衣を落して
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
白がね被衣かつぎの靡きゆらに
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)