いやしく)” の例文
いやしくも歴史家たる身分にそむかないやうに、公平無私にその話をするだらうと云ふことには、恐らくは誰一人疑をさしはさむものはあるまい。
十三時 (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
昔はいやしくも政治を論ずるほどの者は、いずれも書道に関心をもち、その多数は書をよくし、書の拙劣をもって深く恥ずるところがあった。
人と書相 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
さればいやしくも社会の表面に立ちて活動せんと欲するものは、政治家であれ、実業家であれ、教育家であれ、絶えず時代の趨勢すうせいに着目して
我輩の智識吸収法 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
およそ事物の供給は、皆その需用あるに根ざす、いやしくもその需用にして存するからしめん乎、供給決してこれに応ずることあらざるなり。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
「いや、捨て置くわけにはならん、いやしくも藩の御殿の床下へ矢を射込んで、それをそのままにして置いては、後日の言いわけが相立たぬ」
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いやしくも最高学府へ卒業間際まぎはまで通つたといふ君が、大工の見習ぢや納まるまいと思つてさ。しかし、昨今の生活は、僕も見るに見兼ねてゐる。
長閑なる反目 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
第十六条 人はみずから従事する所の業務に忠実ならざる可らず。其大小軽重に論なく、いやしくも責任を怠るものは、独立自尊の人に非ざるなり。
修身要領 (新字旧仮名) / 福沢諭吉慶應義塾(著)
いやしくも山木の家族が名を出して居る教会に、社会党だの、無政府党だのと云ふバチルスを入れて置かれては、第一我輩の名誉に関することで
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
いない……時を……見……何故なぜ、何故言難い、いやしくも男児たる者が零落したのを耻ずるとは何んだ、そんな小胆な、くそッ今夜言ッてしまおう。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ひと三河武士みかわぶしの末流として徳川累世るいせい恩義おんぎに対し相済あいすまざるのみならず、いやしくも一個の士人たる徳義とくぎ操行そうこうにおいて天下後世に申訳もうしわけあるべからず。
こういう男にでさえ、いやしくも時局的な言葉で迫って来る限りびくびくせねばならぬとは、朝鮮の文化人のために何という悲しむべき事であろうか。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
若し必要ならば愛他的利己主義者と呼んでもかまわない。いやしくも私が自発的に愛した場合なら、私は必ず自分に奪っているのを知っているからだ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いやしくも君のためや、親子兄弟、妻子朋友のためになる事ならば無代償で働くのが日本国民だ。伯爵が何だ。正三位が何だ。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この頃の冗漫弛緩じようまんちくわんの筆を徒らにばしたやうな、所謂いはゆる勞作らうさくを見れば見る程、その一字一句もいやしくしない氏の創作的態度さうさくてきたいどに頭が下らずには居られません。
三作家に就ての感想 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
いやしく寸毫すんがうも世に影響なからんか、言換ふれば此世を一層善くし、此世を一層幸福に進むることに於て寸功なかつせば彼は詩人にも文人にもあらざるなり。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
いく丁斑魚めだかでも滿足まんぞくられんなら、哲學てつがくずにはられんでせう。いやしく智慧ちゑある、教育けういくある、自尊じそんある、自由じいうあいする、すなはかみざうたる人間にんげんが。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
毎日箒を手にして父の室に入るものは長子榛軒であつた。蘭軒は榛軒の性慎密しんみつにして、一事をもいやしくもせざるを知つて、これに掃除を委ねたのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
いやしくも進展性にとめる真理の祖述者そじゅつしゃは、昔から最も少なく自己を考え、最も多く自己の仕事を考えた人達であった。
「そりゃ、そうだろう、当然あたりまえのことだ、いやしくも有夫の女じゃないか、言語道断だ、それをまたとりもつ婆あは、一層言語道断だ、天人てんびとともにゆるさざる奴だ」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
客席には煉瓦の床の上に、ずっと籐椅子が並べてある、が、いやしくも支那たる以上、籐椅子といえども油断は出来ない。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
其れには安達君の直話じきわとして、いやしくも書を読み理義りぎを解する者が、此様な事を仕出来しでかして、と恥じて話して居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それに、妻には見つからなくても、いやしくも私の顔を見知っている人間には誰にあってもいけなかったのだ。後になってから、いつか発覚するにきまっているから。
秘密 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
けだいやしくも我が国土に脚をたくするものにして誰れかく国民性の圏外に逸出するものあらんや。彼等は意識を役せずして皆国民性の一部を描くべきものにあらずや。
国民性と文学 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
体格は中背で瘠形やせがたで、髯は少く、音声はよく響き、非常に戦に長じ、武術に身を委ね、威厳を好み、又賞罰に厳であつた。いやしくも己れを侮る者があれば仮藉しない。
夫れ大人ひじりのりを立つる、ことわり必ず時に随ふ。いやしくも民にくぼさ有らば、何ぞ聖造ひじりのわざたがはむ。まさ山林やま披払ひらきはら宮室おほみや経営をさめつくりて、つゝしみて宝位たかみくらゐに臨み、以て元元おほみたからを鎮むべし。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
えらい。」と叩頭おじぎかへる。いやしくげんにしてしんぜられざらんか。屠者便令與宿焉としやすなはちともにしゆくせしむ幾遍一邑不啻名娼矣ほとんどいちいふあまねくめいしやうもたゞならず
鑑定 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
……いやしくも大臣の位置におるものは、一人溝壑に転じて落ちれば、己がこれを押込んで致したと思え。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
関を打破つて通りこそせざれ、間道〻〻を通つて、いやしくも何のすけといふ者が、官司の禁遏きんあつを省みず武力で争はうといふのである。良正は喜んで迎へた。貞盛も参会した。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
いやしくモ此数策ヲ断行セバ、皇運ヲ挽回シ、国勢ヲ拡張シ、万国ト並行スルモ、亦敢テ難シトセズ。伏テ願クハ公明正大ノ道理ニ基キ、一大英断ヲ以テ天下ト更始一新セン。
いやしくも列国に対して我が公明の態度を示し、以て外交的に成功せんと思はゞ、之が後援を為す人民は最も真摯なる心を以て大局を通観し、理性を失はずして事物を判断し
だからいやしくも従来の誰かの探偵小説が示した最高レベルに較べて上等でない探偵小説を発表しようものなら、それは飢えたるライオンの前に兎を放つに等しい結果となる。
軍用鼠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
萬葉の滑稽も俳句の滑稽も狂歌狂句の滑稽もいやしくも滑稽とだにいへば一網に打盡して美術文學の範圍外に投げ出さんとする、是れ滑稽的美の趣味を解せざるの致す所なり。
万葉集巻十六 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
浜尾先生は徐ろに口を切つて、取締ならびに演技者の学生の本分にもとる行動を誡めて、いやしくも帝国大学の学生が顔に粉黛をほどこして河原者の真似をするとは何事であるか。
浜尾新先生 (新字旧仮名) / 辰野隆(著)
いやしくも名を後世に垂れんとするにはこの位デッカイ事をしでかさんとモノにゃならん、そこに来ると秦の始皇は全くエライよ、万里の長城は始皇の名と共に不朽ではないか
純物質とは全く我々の経験のできない実在である、いやしくもこれについて何らかの経験のできうる者ならば、意識現象として我々の意識の上に現われ来る者でなければならぬ。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
見ることのひややかに、言ふことのつつしめるは、彼が近来の特質にして、人はこれが為にるるをはばかれば、みづからもまたいやしくも親みを求めざるほどに、同業者はたれも誰も偏人として彼をとほざけぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
『栄一! 貴様笑ふとはなんだ、いやしくも父に向つて』と眼を怒せて父が叫んだ。お梅は
いやしくもしないと言う方針を取り、粗相だの、不注意だのということは、薬にしたくも無い様にしよう、折角出て貰って、ここで帰るのは残念だが、跡の薬になるから、今夜は戻ろう。
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
吾々が捷利せうり——即ち救ひを得る道は、徒らにその事実にあらがふ事でなく、いやしくも自分の霊がそこなはれ、縛られ、殺されるのでない限りは、此運命を諦め、出来るならばそれに超越して
いやしくも吾が区々の悃誠こんせいを諒し給わば、幕吏必ず吾が説をとせんと志を立てたれども、蚊虻ぶんぼう山を負うのたとえついに事をなすことあたわず今日に至る。また吾が徳の非薄ひはくなるによればなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
これは大へんだというので全市のさかな屋を動員してやっと何とか恰好をつけたというのであるが、いやしくも勅使饗応の大盛宴である。こんなことは大抵最初からわかっていなければなるまい。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
いやしくも吾々の肉体に於て、有ゆる外界の刺戟に堪え得るは僅に廿歳より卅歳位迄の極めて短かい年月ではないか、そして年と共に肉体的の疲労を感じて来て何程思想の上に於て願望すればとて
絶望より生ずる文芸 (新字新仮名) / 小川未明(著)
屋敷の外は庭男、下男、出入のとびの者、植木屋などが、水も漏らさずと警戒して居りますから、いやしくも人間の形をしたものならば、見とがめられずに出入するということは、思いもよりません。
専政だらうが圧制だらうが、いやしくも国家の統一を維持し、又国家の威力を増進する以上は、いくらう用ひても構はないものだといふ決論に到着した。さうして其意見を彼の父に書いてつた。
点頭録 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
斯様なよこしま非道のことに相成りましたが、向後こうごすみやかに善心に立返りますから、幾重にも御憐愍ごれんみんをもちましてお見遁みのがしを願います、いやしくも侍たるものが、何程いかほど零落したとて縄目にかゝりましては
いやしくも表面だけはまだ亭主たる者を——そしておだやかに離婚しようと云つても、分らないで、承知しない癖に——その亭主を多くの公衆の前で侮辱したのだ! 分つた母なら、この申しわけに
いやしくも天気模様さえよければ、からッ風の吹く寒い夜でも、植木屋が出て、飴屋が出て、玩具屋が出て、そして金物屋、小間物屋、絵草紙屋、煎豆屋、おでん屋、毛革屋、帽子襟巻手袋屋、金花糖屋
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
今にもひる小島こじまの頼朝にても、筑波つくばおろしに旗揚はたあげんには、源氏譜代の恩顧の士は言はずもあれ、いやしくも志を當代に得ず、怨みを平家へいけふくめる者、響の如く應じて關八州は日ならず平家のものに非ざらん。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
応召者としていやしくもしない道義感はたしかにあった。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
いやしくも飛躍せば、たえず己に超越せよ。
不可能 (旧字旧仮名) / エミール・ヴェルハーレン(著)