あき)” の例文
私は阪本さんのために珍しく笑はせられながら、床の間の玩具棚おもちやだなの光で見ようとしてくのです。下の棚はがらあきになつて居るのです。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
おれは秩父ちちぶへ出て行ったのさ。少し、たずねている者があってな。——そのあとで、おまえは多分、あのあき屋敷へ礼に出かけたろうと思う。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜更けの町を停車場に向って走っていると、都合よくあきタクシーが通りかかったので、東京麹町こうじまちまでの値を極めて飛乗った。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし、それでも嬉しかったから尻尾しっぽを振り振り、浮き足でクッ付いて行くと、廊下を一曲りした処のあき部屋に僕を連れ込んで、熱い渋茶を一パイ御馳走した。
焦点を合せる (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そのあき屋敷やしきの前を通りかかった者でもなければ、もう噂をいう人もないという時分になってしまいました。
芳桂院様は四月の末におなくなり遊ばして、目黒の方はしばらくあき屋敷になって居りましたが、その八月の末頃から奥様が一時お引移りということになりました。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「水戸様の石置き場のあき屋敷へ、今夜も兄上にはまいられましたようで。私には不安でなりませぬ」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
天下を狙いたいにも天下のあきはないし、戦争いくさをしたくも戦争は起らず、せめて女にでもぞっこん打ち込む事が出来ればまだいいが、生憎あいにくすいも甘いも分りすぎているし——そうして
煙管きせるの吸口ででも結構に樽へ穴を開けるてあいが、大びらに呑口切って、お前様、お船頭、弁当箱のあきはなしか、といびつなり切溜きりだめを、大海でざぶりとゆすいで、その皮づつみに、せせり残しの
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
向側は一町ほども引続いた練塀ねりべいに、目かくしのしいの老木が繁茂した富豪のあき屋敷。此方こなたはいろいろな小売店のつづいた中に兼太郎が知ってからのち自動車屋が二軒も出来た。銭湯せんとうもこの間にある。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
巴里パリー風の洒落た服装と、竜涎香アンバアのにおいとを私の車室へ運び入れて、それから私も、彼とだけずっと饒舌しゃべりこんで来た、若いルセアニアの商人が、私を、自分の前のあき椅子へ招待するのに任せた。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
此上このうえ寂しいあき屋敷にいるより、思い切って、北海道の奥の年老としとったお祖母様ばあさまの許へ行こう、麗子は悲しくもう決心して、そっとやしきを抜け出し、上野停車場へ行こうとして居るところだったのです。
向日葵の眼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
と——あき屋敷の中でポッと一つのがともりました。そして、さっきは閉まっていた盲目窓めくらまどが半分ばかりいている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
地下室は、おおぜいの少年がいるのに、まるで、あき部屋のように、シーンとしずまりかえっていました。
探偵少年 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
牡蠣かき船だの、支那料理屋の二階だの、海岸のあき別荘だの、煙草屋の裏座敷だの……そのうちでも特に舌を捲いたのは、まだ明るいうちに或る大きな私立病院の玄関から
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
近所で訊くと、そこには細井という旗本が住んでいたが、なにかの都合で雑司ヶ谷の方へ屋敷換えをして、この夏からあき屋敷になっていることが判った。もう疑うまでもない。
半七捕物帳:41 一つ目小僧 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「私には兄上のご行動が、奔放ほんぽうに過ぎるように存ぜられます。不安で不安でなりませぬ。少しご注意くださいますよう。少なくも石置き場のあき屋敷などへは、あまりお行きになりませぬよう、願わしいものに存じます」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
濶葉樹かつようじゅの大木が道のあきまで茂り合っている辻の曲り角までその一騎が来かかった時、つと木陰から往来へ躍り出て
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あき屋敷の庭へでも這い込んだろうということになって、見物人は次第に散ってしまったのですが、なにしろ、それが蛇と小娘と切髪と、不思議な三題ばなしが出来あがっているので
半七捕物帳:34 雷獣と蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一日に数分間(というのはちと大袈裟おおげさですが)まあほんのまたたくひましか日がささぬので、自然借り手がつかず、ことに一番不便な五階などは、いつもあき部屋になっていましたので、僕はひまなときには
目羅博士の不思議な犯罪 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「そこはやはり武蔵野でございます。拝島はいじまの岡と申しましてね、誰がもと住んでいたのか、今じゃ狐狸こりの巣みたいになっているあき屋敷がございますんで」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前にも申す通り、六月末の夕方、その仲町通りのあき屋敷の塀外に人立ちがした。
半七捕物帳:34 雷獣と蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それは電車通りで、あき自動車が右往左往していた。奴さんきっとタクシーを呼止めるぞ。と見ていると、案の定、一台の車が彼の前に止った。おくれてはならぬと、明智もあとから来た車を呼止める。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
砦はがらあきになった。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)