しし)” の例文
僕の身の軽いのは、山奥に育って、猿やししと一緒に暮したからだ、君のスポーツとやらとは少しばかり仕込みが違うだけの事だよ。
判官三郎の正体 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
二人の浪士が、こじりを上げて、疾風を切るししみたいに、追いかけていた。一人の浪士の着物のえりに、赤い吹矢が、突き刺さっていた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
狐をつかまえるなんていうのは嘘の皮だ。もう一つには柳原でおれに突いて来た腕前がなかなか百姓のしし突き槍らしくねえ。
半七捕物帳:18 槍突き (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ここを入って行きましょうと、同伴つれが言う、私設の市場の入口で、外套氏は振返って、そのししの鼻の山裾やますそを仰いで言った。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そしてもう一つは私を信頼していてくれるあの少年太子がさぞ味気ない日々を送っていられるであろうと思うことが私の心を手負いのししのように
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
しし? ——猪がれ申したか。たしかわたしの方が三歳みッつ上じゃったの、浪どん。昔から元気のよかかたじゃったがの」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
一人の男は赤い頭巾に赤い袖無しに黄色い雪袴たつき、小さい刀をぼっ込んでいる。もう一人の男はししの胴着に義経袴よしつねばかまを裾短かに穿き猟師頭巾を冠っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
鳥類ならば一發の石鏃の爲にたほるることも有るべけれど、鹿しかししの如き獸類じうるゐは中々彼樣の法にて死すべきにあらず。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
うずらと鹿とししは焼け過ぎてもならず、焼け過ぎないでもならず、ちょうどよく火が通らなければいけません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それから忠臣蔵を致します時は、先ず五段目でも、与一兵衛から、定九郎、勘平、テンテレツクのししまで致しました。それで、どうもこれは、飯綱遣いいづなつかいであろう。
丹那山の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
そうして、殺害のモティフが物凄く轟きはじめたころ、勇士の運命を決する、しし狩がはじまった。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
さてまた大王が配下には、鯀化こんかひぐま黒面こくめんしし)を初めとして、猛き獣なきにあらねど。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
そのほか鮨屋すしや与平よへい鰻屋うなぎや須崎屋すさきや、牛肉のほかにも冬になるとししや猿を食はせる豊田屋とよだや、それから回向院ゑかうゐんの表門に近い横町よこちやうにあつた「坊主ぼうず軍鶏しやも」——かう一々数へ立てて見ると
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「困るな。では俺が近いうち、ししの肉を切って行くから、一杯飲んで気晴らしをしよう」
木の伐られなかった頃はししや狼が出てきたのは無論、今でも兎位は居るらしい。
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
山では大へんなさわぎになりました。何しろ花火などというものは、鹿しかにしてもししにしてもうさぎにしても、かめにしても、いたちにしても、たぬきにしても、きつねにしても、まだ一度も見たことがありません。
赤い蝋燭 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
三、災難はしし打ちづつの二つ玉。と申しますが、全くのことでございます。
隠れ死ぬ手負のししのふしどぞと都のほとりわれいほりせり九月二十七日
閉戸閑詠 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
この枯野ししも出でぬか猿もゐぬか栗美くしう落ちたまりたり
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
草まくら夜ふすししとことはに宿りさだめぬ身にもあるかな
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「サア、どうだ。馬と鹿なら似ているだろう。豚とししも似ているだろう。だから、馬と鹿の背骨も、豚とししの背骨も似ているに違いない。これでいいかどうか、無茶先生のところへ持って行って見ようではないか」
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
「なんの肉だ、ししか」と周防が訊いた。
ししがいると
土間の真ン中に大きな自在鉤じざいが懸っている。土足のまま囲めるようには土へ掘ってあり、鍋には、ししの肉と大根がふつふつ煮えていた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「買うてやらさい。旦那さん、酒のさかなに……はははは、そりゃおいしい、ししの味や。」と大口を開けて笑った。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それはししのようなものであるらしく、燈火あかりの下へ来てその影は消えた。張は勿論、ほかの者もそれに気がかなかったらしいが、孟は俄かに恐怖をおぼえた。
するとその中での頭領らしい、ししの皮の胴服を一着なし、銅金造りの陣刀を帯びた、人品骨格卑しくない、四十前後の肥大漢が、カラカラと大きく笑いながら
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
豚の肉やししの肉は何の料理にするのでも先ず大片おおぎれを二時間位湯煮て杉箸すぎばしがその肉へ楽にとおる時を適度として一旦引上げてそれから煮るとも焼くともしなければならん。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「何か、悪い獣が山から出てうせはせんかな、狼か、山犬か、ししかむじなか」
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
鱒を突いたり、ししを捕ったり、秋になればあんなに山が栗だらけになるし、山の芋も、トロロも、百合も、食い切れない程沢山たくさんある、何が面白くて、こんな薄汚い町に居ることがあるものか……
判官三郎の正体 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「なんですよ、おっかさん、今度は非常の大猟だったそうで、つい大晦日おおみそかの晩に帰りなすったそうです。ちょうど今日は持たしてやろうとしておいでのとこでした。まだ明日あすししが来るそうで——」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
彼は相不変あいかわらず人を避けて、山間の自然に親しみ勝ちであった。どうかすると一夜中ひとよじゅう、森林の奥を歩き廻って、冒険を探す事もないではなかった。その間に彼は大きな熊やししなどを仕止めたことがあった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この枯野ししも出でぬか猿もゐぬか栗美しう落ちたまりたり
みなかみ紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
ししの腹を裂いていたが」
狐、しし小熊こぐまの生けるをおりに飼って往来の目をひく店もあり、美々びびしい奇鳥のき声に人足ひとあしを呼ぼうとする家もある。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よいの雨が雪になりまして、その年の初雪が思いのほか、夜半よなかを掛けて積もりました。山の、ししうさぎあわてます。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お前が下界で出世している時俺はやっぱり窩人部落の八ヶ嶽の中腹の笹の平で、お前の事を恋いこがれながらしし熊猿を相手にして憐れに暮らしているってことをな!
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
先日も或る銃猟者にししの料理を話してブランデーかシャンパンをお使いなさいと申したら大層高いといいましたがその人はこの前の猟期に三度も遠方へ猪猟に行って三度目に小さな猪を
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
こうなった以上は、何も命がけでししを追い廻している必要はないと考えましたから、勘八は小屋をほどよく始末して、鉄砲をさげてさとへ帰って、とうぶん骨休めをすることにきめました。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
殺したのは、武芸の心得のあるものだということだけはね。細身の短刀でただ突き上げただけじゃ、あんな傷にはならないよ。下からえぐり気味に突いたのだ——ところが、お滝の傷はただしし突きに真っ直ぐに突いている、——これはどういうわけだ
とたんに、彼の上へ、棍棒こんぼう鈎棒かぎぼう鳶口とびぐち刺叉さすまた、あらゆる得物えものの乱打が降った。そして、しし亡骸むくろでもかつぐように、部落の内の籾干場もみほしばへかつぎ入れ
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かつて山から出て来たししが、年の若さの向う不見みず、この女に恋をして、座敷で逢えぬ懐中ふところの寂しさに、夜更けて滝の家の前を可懐なつかしげに通る、とそこに、鍋焼が居た。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ああおいら猟師だよ。一丁の弓でしし猿熊を射て取るのが商売でね。姓名の儀は多右衛門でごわす」
日置流系図 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ししが畑を荒すから、それを村方で追っ払っているのでござんすべえ」
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あるいは外の料理にしてブランデー大匙二杯へセロリーと人参にんじん玉葱たまねぎとセージとルリーとタイムを入れて西洋酢を五しゃくセリー酒五勺赤葡萄酒一合を加えてその中へししの上肉三斤を漬けて一夜置きます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「そうだろう。だが夕方の帰りがけには、しこたまししの肉や鳥を土産に置いてくからな。酒も届けさせておこうよ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
後で、よく気がつけば、信州のお百姓は、東京の芝居なんぞ、ほんとのししはないとて威張る。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時ししの胴服を着た例の頭領が立ち上がったが、きわめて丁寧ていねいに呼び止めた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「これはししでございます」
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「厳顔はすでにわが軍の捕虜とりことなったぞ。降る者はゆるさん。刃向うものは八ツ裂きにしてししおおかみの餌にするぞ」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)