あけぼの)” の例文
そのうしろから、キャラコさんが水瓶フラスコを持って、みなの葡萄酒を、ほんのり薔薇色か、ひょっとすると、あけぼのの色くらいに薄めてあるく。
そこにある者は幸福の気を呼吸し、生命はよきかおりを発し、自然はすべて純潔と救助と保護と親愛と愛撫あいぶあけぼのとを発散していた。
彼時代の元気というものは、自分にも他人にも抑止よくしすることを許しません。次郎は深夜のあけぼのの里を、再びタッタと駆け出しました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
濡色ぬれいろふくんだあけぼのかすみなかから、姿すがたふりもしつとりとしたをんなかたに、片手かたて引担ひつかつぐやうにして、一人ひとり青年わかものがとぼ/\とあらはれた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
總體薄枇杷色うすびわいろで、春のあけぼのを思はせるうはぐすりの流れ、わけても轆轤目ろくろめの雄麗さに、要屋山右衞門、我を忘れて眺め入つたのも無理はありません。
頬紅からつづいてあけぼのいろの、ほんとに日の丸の感じの紅色の胸がぐっと前に高く張り出し、腹へかけて一段ゆるく明灰色に波うっている。
木彫ウソを作った時 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
王子おうじ宇治うじ柴舟しばぶねのしばし目を流すべき島山しまやまもなく護国寺ごこくじ吉野よしのに似て一目ひとめ千本の雪のあけぼの思ひやらるゝにやここながれなくて口惜くちおし。
田辺龍子たなべたつこ三宅みやけ龍子・雪嶺せつれい氏夫人)さんも十七位だったかな、小説を書きはじめたのは、そうだ、木村あけぼの女史も十七からだ。」
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
受け取って見ると、それは大正七年……一昨年の十月十四日のあけぼの新聞の人事広告欄で、赤丸の下には次のような広告が出ていた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
……そうしてやがて、彼の手で抱き起こされ顔をそむけて涙を拭いたとき窓の明り障子にほのかな晩春のあけぼのの光りがさしていた。
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
音楽の老木は、ふたたび柔らかな若葉におおわれようとしている。和声ハーモニーの花壇には、無数の花が新しいあけぼのににこやかな眼を開きかけている。
一つ二つつぐみが鳴きはじめ、やがて堡楼の彼方から、美しい歌心の湧き出ずにはいられない、あけぼのがせり上ってくるのであった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
片足は棺桶かんおけへ突っこんでるくせに、のこる片っぽの足じゃ、新しい生活のあけぼのをめざして、むずかしい本のページを、せっせとほっつき回ってるんだ。
あけぼのの美はこの世における最上の美ともいうべきもの、ことに古代文学にはこれを讃美したうるわしき文字が多いのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
新らしきあけぼのの波濤に乗り、オホーツクの海阪うなざかを越え、渾沌として黒く漂う浮き脂の大いなるうねりに幾万となく群集して膃肭獣おっとせいの花嫁成牝カウらは来る。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
なら栄三郎、去年の秋、俺が根岸あけぼのの里の道場を破ったとき、俺とてめえは当然立ち会うべくして立ち会わなかった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あけぼのの色がほのかに東の空を染めて、間もなくその日の最初の太陽の光が、はるかな海面を錫箔すずはくのように輝かせた。
朝のヨット (新字新仮名) / 山川方夫(著)
第一編は、クリストフの若き生(あけぼの、朝、青年)を包括し、家庭および小さな郷国の狭い境域における、彼の感覚と心情との覚醒から、試錬までを含む。
はじめて法隆寺を訪れた頃は、私はこうした思いで心が一杯になり、夢中で斑鳩のあとをめぐって歩いた。私の心にもようやく新生のあけぼのが訪れそめた頃であった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
人生の黄昏たそがれはその人その人によって異なるものであって、ある人にとっては生活のあけぼのの光がさしめた時でも
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
源氏はまだようやくあけぼのぐらいの時刻に南御殿へ帰った。こんなに早く出て行かないでもいいはずであるのにと、明石はそのあとでやはり物思わしい気がした。
源氏物語:23 初音 (新字新仮名) / 紫式部(著)
私の其處を𢌞り歩いたは秋であつたが、若葉の頃、ことに細かな雨のそゝぐあけぼのなど、人知らぬそれら谷間の湯にひつそり浸つてゐるのは決して惡くあるまいと思ふ。
私はやはり友人のドクトルと中村座なかむらざを見物した帰り途に、たしか珍竹林ちんちくりん主人とか号していたあけぼの新聞でも古顔の記者と一しょになって、日の暮から降り出した雨の中を
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
けれども、その一つの傾向として、「あけぼの」(あるいは「黄昏たそがれ」)と題した油絵を取って来てもいい。この絵を僕は或時は独逸で、また数日前に瑞西で看たのであった。
リギ山上の一夜 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
自分の人生に、明けかゝった冒険ロマンスあけぼのが、またそのまゝ夜の方へ、逆戻りしたようにも思われた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それはあけぼののようであった。彼は彼女が彼に与えた接吻のしめやかさを思い出した。しかし、それは何かの間違いのように空虚な感覚を投げ捨てて飛び去ると、彼はいった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
派手はでなるはあけぼの振袖ふりそで緋無垢ひむくかさねて、かたなるははなまついろ、いつてもかぬは黒出くろでたちに鼈甲べつかうのさしもの今樣いまやうならばゑりあひだきんぐさりのちらつくべきなりし
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
さてこの人間は今日学者が名づけてエアントロプス(あけぼのの人)といっている者である。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
ゆっくりと——亀の歩みのように——霊魂のほのかな灰色のあけぼのが近づいてきた。しびれたような不安。鈍い苦痛の無感覚の持続。なんの懸念もなく——希望もなく、——努力もない。
何処どこの店も、大小料理店いずれも繁昌はんじょうで、夜透よどおしであった。前にいい落したが、その頃小料理屋で、駒形こまがた初富士はつふじとか、茶漬屋であけぼのなどいった店があってこんな時に客を呼んでいた。
尾上をのへの月のあけぼのを眺めて帰る人もあり、旧都に残る人々は、伏見、広沢の月を見る……
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
国家の動力たる政治・経済・教育・文芸が一つの力となって、同じ方向へ回転した時、始めて偉大なる時代のあけぼのが来るのである。柿の種をいても実のなるまでには七、八年はかかる。
日本的童話の提唱 (新字新仮名) / 小川未明(著)
夜すがら両個ふたりの運星おほひし常闇とこやみの雲も晴れんとすらん、隠約ほのぼの隙洩すきもあけぼのの影は、玉の長く座に入りて、光薄るる燈火ともしびもとに並べるままの茶碗の一箇ひとつに、ちひさ有りて、落ちて浮べり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ここなる二ひらの帆立貝ほたてがいのひとつは藤紫ふじむらさきに白をぼかし、放射状にたてた幾十の帆柱は無数の綺麗きれい鱗茸りんじょうをつらねて、今しもほとばしりいでたあけぼのの光がいろいろの雲の層にさえぎられたようにみえる。
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
うぐいすの声まだ渋くきこゆなり、すだちの小野の春のあけぼの」というときの渋味は、渋滞の意で第一段たる「正」の段階を示している。それに対して、甘味は第二段たる「反」の段階を形成する。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
あけぼの町へまがると大きな松がある。此松を目標めじるしいと教はつた。松のしたると、家がちがつてゐる。向ふを見ると又松がある。其さきにも松がある。松が沢山ある。三四郎はい所だと思つた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
底のない、幽谷の闇のあけぼのにめざめて偉大なる茫漠の胞衣えなをむかへる。
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
あたりの山々は、あけぼのの光を浴びながら、薔薇色ばらいろかがやいている。私は隣りの農家からしぼり立ての山羊の乳を貰って、すっかり凍えそうになりながら戻ってくる。それから自分で煖炉だんろ焚木たきぎをくべる。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
きぬ引まくれ胸あらわに、はだえは春のあけぼのの雪今やきえ入らんばかり、見るからたちまち肉動ききも躍って分別思案あらばこそ、雨戸ひらき飛込とびこんで、人間の手の四五本なき事もどかしと急燥いらつまでいそがわしく、手拭を
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その八月十八日の『東京あけぼの新聞』に、つぎのような記事がある。
蓮月焼 (新字新仮名) / 服部之総(著)
あけぼのの光の東より開くと共に、万物ばんぶつ皆生きて動き出ずるを見ん。
銀座の朝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
山々に赤丹あかにぬるなるあけぼのわらはが撫でしと染まりける
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
うきものを寝覚の床のあけぼのに涙ほしあへぬ鳥の声かな
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
松の尾の峰静かなるあけぼのにあふぎて聞けば仏法僧啼く
(日本永代蔵、巻五の五、三匁五分あけぼののかね)
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
薔薇の紅き指もてる美なる「あけぼの」出づる時
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
波の底にも照る日影、神寂かみさびにたるあけぼの
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
あけぼのや霜にかぶなのあはれなる 同
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
あけぼのが、森に満たするみづみづし
あけぼのやあかねの中の冬木立 几董
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)