故意わざ)” の例文
日本風の油でかためて櫛の目を劃然と入れた分け方を嫌つて、自分は油無しのばさばさの髮を、故意わざと女持の大きな櫛で分けてゐる。
「フム、フム」と故意わざ寝惚声ねぼけごえの生返辞をしながら大急ぎで起き上って蒲団を畳み、着物を着換え、澄まし込んで机に向って居ると
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
飢えた蒼鷹くまだかが小鳥をつかむのはこんな塩梅あんばいで有ろうかと思う程に文三が手紙を引掴ひっつかんで、封目ふうじめを押切ッて、故意わざ声高こわだかに読み出したが
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
かれ憎惡ぞうを嫉妬しつととを村落むらたれからもはなかつた。憎惡ぞうを嫉妬しつともない其處そこ故意わざ惡評あくひやうほど百姓ひやくしやう邪心じやしんつてなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そうそう過去のまずい所ばかり吹聴ふいちょうするのは、如何いかにも現在の己に対して侮辱を加えるようで済まない気がするから故意わざと略した。
元日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
白い眉をあげて祖父はきっと慎作を見たが、思い返したように舌打して向き直り、故意わざと慎作を無視する様な高い皺枯れ声を出した。
十姉妹 (新字新仮名) / 山本勝治(著)
そうして故意わざと快活に、そうして故意と道化たように、振舞っているに相違ない。ではこっちもそのつもりで、それに調子を合わせて行こう
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その金を稀塩酸で磨いて、紙の棒に包んだのを資金として、故意わざと直ぐの隣家となりに理髪店を開いていたところは立派な悪党であった。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いま弦月丸げんげつまるしておな鍼路しんろをば故意わざ此方こなたむかつ猛進まうしんしてるのである、一ぷん、二ふん、三ぷんのち一大いちだい衝突しようとつまぬかれぬ運命うんめい
すくはん爲に故意わざつみおちいりしならん何ぞ是を知らずして殺さんや其方は井筒屋茂兵衞ゐづつやもへゑ惣領そうりやうならんと申されければ雲源うんげんおどろき感じ今は何を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
先をいそいで讀まうとしながら故意わざとじらせるやうに、少しづつ頁を返してゆくうちあなた樣に手紙を書かなければならないといふ氣が
巷の子 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
何処かの戸が開いているのか、或は故意わざと閉めずにあるのか、実際彼の耳には、時々瀬戸物の触れ合う音に混って彼女の声が聴えて来た。
或る日 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
部屋を出て行かうとする私へ、背後うしろから兄は、故意わざと乱暴に外套ぐわいたうをかけてくれた。センチメンタルな愛情の表現を恥ぢると云ふ風に……。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
私も何となくいい気持ちはいたしませんでしたが、お梶さんを怖れさせてはなりませんから、故意わざと平気を装って笑いながら申しました。
蛇性の執念 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
それでは私の言うことを故意わざと理解しようとなさらないのか、それとも何か口から出まかせに、かれこれ言いなさるんだね……。
遠野は故意わざとお道化どけた風に点頭うなづきつゝ棚から口の短いキュラソウの壺を取り下ろした、そしてそれを道助の洋盃グラスぎながら
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
おれは咄嗟に都合よく女の情緒サンテイマンの調子を合せるやうな発想を得なかつたので、間に合せにこんな平凡なことを故意わざとらしいアクサンで云つて
素描 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
そして何にもない窓の上部に目をやっていたが、それから霎時して故意わざと元気よく別を告げて、ビアトレスの家を出た。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
お前の起きてゐるのは、俺にはよく分つてゐるよと知らせるやうに、隆治は故意わざとらしい咳払ひをして二階へ上つた。
ある死、次の死 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
「しかし狼がゐると云ふのは嘘だといふ話だぜ。俺達の気嫌をとるために奴等は故意わざと狼におびえて見せたんだとさ。」
武者窓日記 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
身の周圍の混雜收りて心落つくと共に、心に懸かるはアヌンチヤタが同乘あひのりしたる男の上なり。察するにベルナルドオが故意わざと翁に扮したるなるべし。
先刻さっきの女給が洋食の皿を並べ乍らそっとこんな事を云った。と、前に居た貴婦人が故意わざと大きく咳をした。彼の眼と女給の眼とが期せずしてぶつかった。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
ところが、ちょうどその時、おれみたいな乞食のポケットに故意わざとのように三千ルーブルという金があったのだ。
庇の下で細工をする時、犯人の身内からずれて紫殻の中へ落ち込んだのか、あるいは故意わざと隠したのか。いたずらか、脅しか、恨みか。犯人の眼星は——?
父は故意わざと背を反らすようにして私を困まらせようとする。私は全身に力を入れて押しあげようとする。が、父の体はどっしりして重く、手がしなうようになる。
種紙の青む頃 (新字新仮名) / 前田夕暮(著)
と何気なく言消して、丑松は故意わざ話頭はなしを変へてしまつた。下宿の出来事は烈しく胸の中を騒がせる。それを聞かれたり、話したりすることは、何となく心に恐しい。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その時お前たちが芝生で腰を下して休んでいたら、やはり近くで休んでいた労働者風の男が二・三人、明らかに故意わざと聞えるような声でみだらな話を交していたろう。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
いつものとおり三人で、下谷芸者の若くて綺麗なのを集めて、下らない事をしゃべっている。そこへお上が這入って来る。望月君が妙な声をする。故意わざとするのである。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ぼく眞面目まじめこたへたのです。まつたぼく大島小學校おほしませうがくかう出身しゆつしんです。故意わざ奇妙きめうこたへをして諸君しよくんおどろかすつもりけつしてもたないので。これまでもぼく出身しゆつしん學校がくかうきかれましたが。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
で、私は故意わざと事件に大きな手ぬかりがあると申しました。そうすれば、芸術家たる犯人は、きっと、私自身から、その意味をききたがるにちがいないと思いました。
外務大臣の死 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
鈴蘭、おめかしの好なをんな、白いのどを見せて歩く蓮葉者はすはもの故意わざとらしいあどけなさ、丸裸まるはだか罔象女みづはのめ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
酔ってはいたが、その顔には、一本気な真面目まじめさが、アリ/\と動いていた。こうした心の告白をするために、故意わざ酒盃さかずきを重ねているようにさえ、瑠璃子に思われた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
実を申しますと、今も入口の網扉を私は故意わざと半開きにして置いたのですよ。あの網扉の音は河原までも響きますし、厨子扉には、当時もやはり錠前が下りていたのです。
夢殿殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
だから或る時などは、それのみを楽しむために、私は故意わざとよそっぽを見ながら歩いたりした。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
可哀相なは慎次で、四五枚の札も守り切れず、イザとなると可笑をかしい身振をして狼狽まごつく。それを面白がつたのはあによめの清子と静子であるが、其狼狽方まごつきかた故意わざとらしくも見えた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
幾らか頂戴したら早く引きますと云わぬばかりに故意わざのろく引出し、天神の中坂下なかざかしたを突当って、妻恋坂つまごいざかを曲って万世橋よろずばしから美土代町へ掛る道へ先廻りをして、藤川庄三郎は
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
別に故意わざとするわけではなかつたが、自然にそらぞらしい素振りをつくり、老婆の言葉を莫迦らしいものに思ひ乍らも、内心厭な・陰惨なものを意識せずにはゐられなかつた。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
私は最初、女の無邪気な意地悪から、悪戯に言ふのだと思つたので、故意わざと勿体ぶつた様子などして、さも貴族らしく返事をした。だが或る時、彼女は真面目になつて話をした。
夏帽子 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
宿泊帳には故意わざと偽名をしよしたれば、片岡かたをかせふをば景山英かげやまひでとは気付きづかざりしならん。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
故意わざと気のつかない風を装つてゐることなどが、朧気おぼろげに少しづつのみこめて来た。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
源吉は、耳を澄ますと、陰のボックスから、男の笑い声にもつれて、京子の「くッくッくッ」という嬉しそうな笑い声が、故意わざとでないか、と思われるほど、誇張されて、響いて来た。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
常子は形勢を察したのでドアのところに行つて「鶴子さん」とさう呼んだ。……彼女が呼び終るまで故意わざと不機嫌な顔をくづさずにゐた信徳は、それで気が済んだやうに又眼を書類に落した。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
うすると貴様の再遊に都合がかろうといって、故意わざとその手紙に封をせずにけて見よがしにしてあるから、何もかも委細いさい承知して丁寧に告別して、宿にかえって封なしの手紙をひらいて見れば
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
おれが市ヶ谷のかみ屋敷から持ち出して故意わざと市ではたいた品物、それも、ほンの意趣返いしゅがえしの悪戯わるさにしたことなので、相良金吾さがらきんごという家来が仲間にやつして入り込んで来たのも万々承知の上で
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おそらくぼくを笑わそうとして、無理におどけてみせてくれるのだと、ぼくは考えあなたの故意わざとらしさが悲しく、あなたに似合わない大胆だいたんさが苦々しくて、ぼくにはそのとき、あなたが大変
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
數多あまたとりうちには故意わざきこえよがしに窃笑ぬすみわらひをしたのもありました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
己があらけないかおだちに故意わざと人を軽ろしめ世にみはてた色を装おうとしていたものとみえて、絶えずたださえいさな、薄白く、鼠ばみた眼を細めたり、眉をしわめたり、口角を引き下げたり
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
階下したからラジオ・ドラマの放送があり、都会で型にはめて作った例の田舎いなか言葉でおしゃべりをしているのが、こんな山の中で聞いていると、一層故意わざとらしく、いつも同じような型の会話だけの芝居が
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
光っては崩れ、うねっては崩れ、逆巻き、のた打つ浪のなかで互いに離れまいとつないだ手を苦しまぎれに俺が故意わざと振り切ったとき女はたちまち浪に呑まれて、たかく名を呼んだ。俺の名ではなかった。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
故意わざと単調に幽寂な味を見せようとしたものでした。