掻巻かいまき)” の例文
旧字:掻卷
同時に、戸外おもて山手やまてかたへ、からこん/\と引摺ひきずつて行く婦人おんな跫音あしおと、私はお辻の亡骸なきがらを見まいとして掻巻かいまきかぶつたが、案外かな。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
栄二がもう起きるようすのないことを認めてから、おのぶは小座敷を出てゆき、掻巻かいまきを持って戻ると、栄二の躯へそっと掛けてやった。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今何かいいつけられて笑いを忍んで立って行く女のせなに、「ばか」と一つ後ろ矢を射つけながら、むすめはじれったげに掻巻かいまき踏みぬぎ
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
頭から掻巻かいまきかぶったお銀様が、内から戸を押開いて、脱兎だっとの勢いで、その燃えさかる火の中へ飛び出したのはこの時であります。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
昨夜ゆふべの収めざるとこの内に貫一は着のまま打仆うちたふれて、夜着よぎ掻巻かいまきすそかた蹴放けはなし、まくらからうじてそのはし幾度いくたび置易おきかへられしかしらせたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
いながらすそかたに立寄れる女をつけんと、掻巻かいまきながらに足をばたばたさす。女房はおどろきてソッとそのまま立離たちはなれながら
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一つには、四つになる富太郎がスヤスヤと眠り、一つは今お雛が脱け出したまま、少しなまめかしく、紅い裏の掻巻かいまきをはね返しております。
夜着よぎを掛けるとおますは重い夜着や掻巻かいまきを一度にはね退けて、蒲団の上にちょんと坐り、じいッと伴藏の顔をにらむから
「それも工合がいいかも知れません。じゃ風邪をひくといけませんから」と、ちょっと櫓を放して、隅に丸めてある掻巻かいまきを、むしろえてかけます。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長十郎は掻巻かいまきすそをしずかにまくって、忠利の足をさすりながら、忠利の顔をじっと見ると、忠利もじっと見返した。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
嫁は真白に塗って、掻巻かいまきほどの紋付のすそを赤い太い手で持って、後見こうけんばあさんかかみさんに連れられてお辞儀じぎをして廻れば、所謂顔見せの義理は済む。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その側から掻巻かいまきをかかげ、入り込もうとしている久米八は、さぞ自分が残した、ほのかみに眉をひそめることであろう。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その上寝ながら腹の上へ砂を掛ければ、温泉の掻巻かいまきができる訳である。ただ砂の中をもぐって出る湯がいかにも熱い。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
油じみた蒲団掻巻かいまきに包まれて、枕頭の坤竜をしながら、かれはいくたび眠られぬ夜の涙を叱ったことであろうか。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そしてあわてるように身を動かして、貞世の頭の氷嚢ひょうのうの溶け具合をしらべて見たり、掻巻かいまきを整えてやったりした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
が、そこには掻巻かいまき格子模様こうしもようが、ランプの光に浮んでいるほかは、何物もいるとは思われなかった。………
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蚊帳は六畳いっぱいに吊られていて、きのう今日はまだ残暑が強いせいであろう。歌女寿は蒲団の上に寝蓙ねござを敷いて、うすい掻巻かいまきは裾の方に押しやられてあった。
半七捕物帳:05 お化け師匠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
暑い晩でもきちんと掻巻かいまきを胸のあたりまで掛け、少しも寝姿をくずさずに眠るのが常であったが、幸子は今もこうしていると、あの頃の光景がなつかしく想い出されて来
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
乙女は肩当てが穢れた染絣の掻巻かいまきをはおり、灰のかたまった茶色の丸い瀬戸火鉢の上へヘラ台の畳んだのを渡したところへ腰かけ、テーブルへ顔を伏せてっとしている。
小祝の一家 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ソレカラ私は誰にも相談せずに、毎晩掻巻かいまき一枚いちまい敷蒲団しきぶとんも敷かず畳の上に寝ることを始めた。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
更紗さらさ掻巻かいまきねて、毛布をかけた敷布団の上に胡座あぐらを掻いたのは主の新造で、年は三十前後、キリリとした目鼻立ちの、どこかイナセには出来ていても、真青な色をして
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
寝床の上でひとり耳を澄まして、彼は柔かな雨の音に聞き入った。長いこと、蒲団ふとん掻巻かいまきにくるまってかがんでいた彼の年老いた身体が、た延び延びして来た。寝心地の好い時だ。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かの女の足音の階子段の下へ消えて行くのを聞きながら掻巻かいまきのかげで密にかれはこういった。——柳橋で稼業しょうばいしていた時分のかの女のすがたがはッきりかれのまえに返って来た。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
ほのかに湯気を吐いている鉄瓶……その蔭に掻巻かいまきを冠ったまま突伏している看護婦……そんなものの薄暗い姿を一ツ一ツに見まわした彼女は、その表情をすこしも動かさないまま、又
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
芝翫しかんの五右衛門、大百だいびゃくに白塗立て、黒天鵞絨くろビロウド寛博どてら素一天すいってん吹貫ふきぬき掻巻かいまきをはおり
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
掻巻かいまきでもかけたように温かそうである、が下り始めると、大きな石や小さな石が、草むらの底にひそんで爪先をこじらせたり、かかとすべらせたりする、足の力を入れるほど、膝がガクガクするので
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
茂緒は西日のあたっている窓に、まず掻巻かいまきだけをほしながら、そのにおいをかいだ。まぎれもない修造のにおいだった。掻巻の内側にぬいつけた古い浴衣ゆかたおおいが糸をはなれ、よれよれになっていた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
そして、僕は酒を飲むと目が見えなくなるから、顔を出したって仕方がない、話さえできればいいだろうといって、掻巻かいまきの袖口をあけてその奥から話をした。こんなふうにとにかく変った人であった。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
肉づいた両手がまかれた掻巻かいまきを抱えこむようにしていた。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ばあさんが掻巻かいまきを着せてくれた。
不肖の兄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
暫くは動かせないので、汚れた着物もそのまま、枕をさせ掻巻かいまきを掛けてから、湯で手拭を絞って、胸元から口のまわりを拭いた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
前刻さつきせ、とつてめたけれども、それでも女中ぢよちゆうべてつた、となり寐床ねどこの、掻巻かいまきそでうごいて、あふるやうにして揺起ゆりおこす。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ほとんど透間すきまもなく、やっと掻巻かいまきから抜け出したばかりのお銀様の腰を立て直す隙もあらせず、神尾が突っかけて来る槍は凄いばかりです。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
貫一は無雑作に郡内縞ぐんないじま掻巻かいまき引被ひきかけてしけるを、疎略あらせじと満枝は勤篤まめやかかしづきて、やがておのれも始めて椅子にれり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
というので台所を捜すと醤油樽がある、丁度昨日さくじつ取ったばかりの重いやつをげて来て裾の方に載せ、沢庵石と石の七輪を掻巻かいまきの袖に載せると
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
間もなく軽いいびき、お静は、掻巻かいまきをそっと掛けていると、そのままお勝手へ立って、夕飯の跡始末をしております。
掻巻かいまきかけて隙間すきまなきよう上から押しつけやる母の顔を見ながら眼をぱっちり、ああこわかった、今よその怖い人が。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
猪牙船ちょきがそのお茶の水の真ッ暗な水上をすべって行くと、寝ていた黒い頭巾の男は、やおら掻巻かいまきねのけて、ふッ……とみよし舟行燈ふなあんどんを吹き消しました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
聞くより早く掻巻かいまきを蹴って起き上った小物師与惣次、床の上から乗り出して藤吉の膝を抱かんばかりに
びんつたまゝつてへや四隅よすみつて、そこに一二滴づゝりかけた。斯様かやうきようじたあと白地しろぢ浴衣ゆかた着換きかえて、あたらしい小掻巻かいまきしたやすらかな手足てあしよこたへた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
郡内ぐんないのふとんの上に掻巻かいまきをわきの下から羽織った、今起きかえったばかりの葉子が、はでな長襦袢ながじゅばん一つで東ヨーロッパの嬪宮ひんきゅうの人のように、片臂かたひじをついたまま横になっていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
同じ布団、同じ掻巻かいまきにくるまって……電燈は消え、窓は雪明りでほんのりと明るかった。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
がらりと障子を開けて、御客様の蒲団ふとんや、掻巻かいまきや、男臭い御寝衣ねまきなどを縁へ乾しました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
麻の掻巻かいまきをかけたおりつ氷嚢ひょうのうを頭に載せたまま、あちら向きにじっと横になっていた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
薄い掻巻かいまき一つでは足らず、毛布を出す夜もあった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
疲れてそのまま、掻巻かいまきほおをつけたなり、浦子はうとうととしかけると、胸の動悸どうきに髪が揺れて、かしらを上へ引かれるのである。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は吃驚びっくりしてそっちを見た。すると、そこにおうたがいた。夜具はなく、寝衣の上から薄い掻巻かいまきを掛けただけで、まろ寝をしていたのだろう。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これから、あの掻巻かいまきの中へ、すっぽりとくるまって、めまぐるしいこのごろの湖畔うみべりのやりくりの骨休めをすることだ。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と云いながら側へ近寄ると、病人は重い掻巻かいまき退けて布団の上にちゃんと坐り志丈の顔をジッと見詰めている。
さては薄荷はっか菊の花まで今真盛まっさかりなるに、みつを吸わんと飛びきたはちの羽音どこやらに聞ゆるごとく、耳さえいらぬ事に迷ってはおろかなりとまぶたかたじ、掻巻かいまきこうべおおうに
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)