ふん)” の例文
その日はその翌日から上演されるはずのカルメンの舞台稽古けいこがあったのです。そして妾はカルメンにふんすることになっていたのです。
華やかな罪過 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
あるいは藍微塵あいみじんあわせ格子こうし単衣ひとえ、豆絞りの手ぬぐいというこしらえで、贔屓ひいき役者が美しいならずものにふんしながら舞台に登る時は
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
其うち幕がいて、ハムレツトがはじまつた。三四郎は広田先生のうちで西洋の何とかいふ名優のふんしたハムレツトの写真を見た事がある。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
呼び物の虎退治をやりだしたのがお昼近い九つまえで、清正にふんするはずの者は与力次席の重職にあった坂上与一郎という人物。
ずんとみ込んだフォン・リンデン伯爵夫人は、すっかり「甘やかされた奥様の役」にふんして、途中のポウゼン駅から乗り込む。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
私はルカ老人の役にふんし、最早大分稽古も積んで、もう少しで神楽坂の藁店の高等演芸館で試演を催そうとしかけたのであった。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
そこが面白い。演劇ならばその甘酒屋にふんした千両役者が舞台全面を占領してしまふたやうな大きな愉快な心持になるのである。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ドリヷルは梅原がいうの𤍠心な崇拝者であることを告げて、いうふんする「エジプ王」の如きは三十回以上も見物して居ると語つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
鴈治郎が町人の若旦那伊左衛門、亀屋忠兵衛、紙屋治兵衛にふんしてもっとも得意なように、呂昇は町人の若女房が殊更ことさらによい。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
てのひらで顔中の油汗をでたなり黙り込んでしまった。兵卒にふんした役者はそのそばに寝ころんでいる踊子の方へ寄りかかりながら
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
が、その時予はまたもやそなたが、ビョルゲ邸に現れて、予にふんして何事かを夫人に働きかけたことに、気付いたのであった。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
委細いさいは、勝入が腹心の者三名にとくと申しふくめてある。そちは馬子にふんして、この金を馬の背に積み、その者たちにただいてゆけばよい」
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その晩の男ばかりの数人の食卓に、給仕女にふんしてわたしのそばに立った令嬢イサベル。それは彼女の愉快な冒険であった。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
独逸ドイツ映画「メトロポリス」には、ブリギッテ・ヘルムふんするところの可憐なるロボットが製造せられるが、こんな美しいロボットは実在しない。
人造物語 (新字新仮名) / 海野十三(著)
艶麗えんれいにあらわれた、大どよみの掛声に路之助ふんした処の京の芸妓げいこが、襟裏のあかいがやや露呈あらわなばかり、髪容かみかたち着つけ万端。無論友染の緋桜縮緬ひざくらちりめん
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「今夜は愉快な忘年会なのだから、たゞ滅茶苦茶に騒いで、明さうよ。……うむ、君は仲々それが好く似合ふね。蜜柑山の千吉君は何にふんした?」
映画に進出して頑強な精力的なシューベルトにふんし、我々の既成観念を叩きのめしたりしたこともあり、日本人にはかなり親しみの多い人である。
明治三十五年上演の「小笠原騒動」のお大の方という草刈り女から大名の愛妾あいしょうになったという女にふんした時の批評に
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
きえちゃんにふんしてはいるが、それが兄弟分の新吉であることを、ファットマンはちゃんと見分けてしまったのです。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
遠方から見たいったいの風貌ふうぼうがエミール・ヤニングスのふんした映画のウンラートにずいぶんよく似ているので、よくもまねたものだと多少感心した。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そう、たまには見るんだ。サアカスの綱渡りの映画だったが、芸人が芸人にふんすると、うまいね。どんな下手へたな役者でも、芸人に扮すると、うめえ味を
メリイクリスマス (新字新仮名) / 太宰治(著)
吉六は東栄にふんした後、畢生ひっせい東鯉と号したが、東は東栄の役を記念したので、鯉は香以の鯉角から取ったのである。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それは僅か数ペエジにオペラの楽屋をゑがいたスケツチだつた。が、キユウピツドにふんした無数の少女の廻り梯子ばしごくだる光景は如何いかにも溌剌はつらつとしたものだつた。
野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
遠い昔からの約束によって、一定の条件をそなえた若者がこれにふんし、その言葉はもとより秘密であって、それが今のように外間ほかまに伝わったのは本意でない。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
染之助がふんしている三浦之介とか勝頼とか、重次郎とか、維盛これもりとか、ああした今の世には生きていない、美しい凛々りりしい人達ではなかったかと、そう思うと
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かつて素人芝居しろうとしばいがあった時、この楼の主人が文覚勧進帳もんがくかんじんちょうの不動明王にふんして、二人がその脇侍きょうじの二童子をつとめたところから、その名が起ったものであります。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
伝吉はおんな好きである、従って伝吉のふんする若殿もおんな好きでなければならない、故に若殿は婦人とみれば口説く、これほど整然たる三段論法はござるまい。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
だが、この半人半獣にふんしている女猛獣使いは、なんてすばらしい女優であろう。あの真に迫った恐怖の表情はどうだ。あのソプラノの泣き声の美しさはどうだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
堂の上には四人の官人にふんした者がいたが、皆赤い着物を着て東西に向きあって坐っていた。私は小さかったからそれが何の官であったということは解らなかった。
偸桃 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
作者にもそう深い要求がなかったのだろうから、あの作者としてはあれでもいいのでしょうが——虎とは作の主人公なる三枚目俳優がふんすることになった役目です。
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
お兄様が阿古屋にふんして出てお出でになりましても、同じように睡くて睡くてボンヤリしておりましたようで、それを我慢しいしい眼をみはっておりました苦しさを
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
団十郎のふんした高時の頭は円く、薄玉子色の衣裳いしょうには、黒と白とのうろこの模様が、熨斗目のしめのように附いていました。立派な御殿のひさししとみを下した前に坐っています。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
男にふんする女は怪物にすぎない——それになしてしまうとは? ハムレットを、宦官かんがんになし、もしくは曖昧あいまいな両性人物になすとは! そういう嫌悪けんおすべきばかばかしさが
せいちゃん、しっかり!」と手塚は叫んだ。近藤勇こんどういさみふんした役者は清ちゃんという名前なのだ。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
だがそれにしても、俳優がふんする感じとも違う。梅幸や福助のはいくら巧くても「梅幸だな」「福助だな」と云う気がするのに、この小春は純粋に小春以外の何者でもない。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
たまたまアシュル・バニ・アパル大王が病にかかられた。侍医じいのアラッド・ナナは、この病軽からずと見て、大王のご衣裳を借り、自らこれをまとうて、アッシリヤ王にふんした。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
日本一太郎のふんしている三保の漁師が眠っている上を軽く飛んで踊るところへきた。ここには、いろいろとむずかしい所作があるのだ。お駒ちゃんは夢中でそれをつづけていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
俳行脚はいあんぎゃの者にふんし、私が発句を読み、字の上手な玉汗が短冊に筆をはしらせ、道中で役場や小学校を捜しあて、口前のうまい銀平が短冊を売って歩こう、という仕組ができたのだ。
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
ミネはふと、ずっと昔、新劇女優の山本安英がふんした「唐人お吉」を思い出したりした。山本安英のお吉が雀に残飯をまいてやるところだった。ああいう道をたどった女もいたのだ。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
菊次郎のいない二長町は見る気がしないと云うほどの小ふじさんにしてみれば、たいていの顔が菊次郎ふんするところの三千歳みちとせに見えたのかも知れないが、ほかにも同じことを云う人がいた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
かれが老いているのを、不都合にもかれらと同じ気取った、はでななりをしているのを、不都合にもかれらの仲間の一人にふんしているのを、かれらは知らぬのであろうか。気づかぬのであろうか。
さよう、かく言う私もいくらか笑ったのだが、ブリキ屋のおとッつぁんにふんした役者の狂乱的演技はいくらか喜劇的でもあったのだ、だがそのおかしさに、浅草の客は決して笑わないのであった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
何某なにがしふんして月に歩きをり
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
やさしい西施せいしふんして
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
心着けば、正面神棚の下には、我が姿、昨夜ゆうべふんした、劇中女主人公ヒロインの王妃なる、玉の鳳凰ほうおうのごときが掲げてあった。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、ともに、思い起されるのは、七年前、東国の田舎いなか武士にふんして、ひそかに京の形勢をうかがいに来た頃のことである。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
牛若にこしらえた者は四谷伝馬町で糸屋業平なりひらといわれている大通りの若主人がふんしていたものでしたから、将軍家はそれほどでもありませんでしたが
人間の役者のふんした松王丸の中には、どうしても、その役者が隠れていて、しかも大いにのさばっているために
生ける人形 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
銭形にふんした俳優ではやはり長谷川一夫がいいと思う。あの人は凝り性でずいぶん工夫をしていて、私は好きだ。
平次と生きた二十七年 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
その洗濯屋のおやじはもちろん敵国人の強制収容で、保護を加えてあった筈だが、それがどこをどう廻ったか、○○動物園で日本の俘虜にふんしているのさ。
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)