手折たお)” の例文
「よその垣であろうが踏みこえて、つい手折たおりとうなるほどな花を、忠興は家内にお持ちじゃな。……麗しい! 淀よりは美しい」
われわれは今日こんにち春の日のうるわしい自然美を歌おうとするに、どういう訳で殊更ことさらダリヤとすみれの花とを手折たおって来なければならなかったのであろう。
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
はては、悄然しょうぜんかしられて、かいなに落した前髪がひやりとしたので、手折たおった女郎花おみなえしはかない露を、憂き世の風が心なく、吹散ふきちらすかと、胸にこたえる。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『まあ見事みごと百合ゆりはな……。』わたくしおぼえずそうさけんで、巌間いわまからくびをさししていた半開はんかい姫百合ひめゆり手折たおり、小娘こむすめのように頭髪かみしたりしました。
笹の葉化して岩魚となるという、名物のいわれ面白く、手折たおってくれた好意も有難いが、お雪はうわの空で受けて、やがて馬は平湯峠を下りにかかる時
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ある日の事、自分は昼飯をべてのち、あまりの徒然とぜんに、慰み半分、今も盛りと庭に咲乱さきみだれている赤い夏菊を二三手折たおって来て、床の間の花瓶にけてみた
鬼無菊 (新字新仮名) / 北村四海(著)
彼が出来るだけ足音を忍ばせながら、そうっとうしろに近寄って行くと、尼は手折たおった山吹を持って立ち上り、又崖の方へ引き返そうとするところであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
九天たかき神の園生そのう、われは草鞋わらじのままにてあがりこみ、たしかに神域犯したてまつりて、けれども恐れず、この手でただいま、御園の花を手折たおって来ました。
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
恒例となって諸人妻を迎うるごとに大将に手折たおらせたとあるが、これは事の起源を説かんためかかる噺をこじ付けたので、拙文「千人切りの話」に論じた通り
路傍の花いまゝでは誰彼たれかれの差別なしに手折たおることが出来る、いよ/\花里の身があがなわれて見れば、なか/\自由にはなりません、ぬしあるお庭の桜でげす。
にわかに気をかわして、娘の方に振向いて、「さあ。どうだろう。少し休んで、あの梅の枝を手折たおって来てね、ちょっと工夫して、一輪いちりんざしにけて見せてくれないか。」
手折たおった浮れ男のようにひどくお言やるが、あの殿御はそのような悪いお方じゃないわいなあ
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
なお、為頼朝臣集ためよりあそんしゅうに「折りつれば心もけがるもとながら今の仏にはな奉る」とあり、光明皇后こうみょうこうごうの御詠として「わがために花は手折たおらじされどただ三世の諸仏の前にささげん」
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
岡田上等兵おかだじょうとうへいは、月光げっこうしたって、戦死せんししたともかって、合掌がっしょうしました。かれは、あしもとにしげっている草花くさばな手当てあたりしだいに手折たおっては、武装ぶそうした戦友せんゆうからだうえにかけていました。
戦友 (新字新仮名) / 小川未明(著)
宿帳に私は新聞販売業としるし、彼女のことは、妻すみとしるした。すみというのは彼女の戸籍名である。翌朝湖畔を散歩した。持って帰るというでもなく、花を見れば彼女は手折たおった。
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)
その実を手折たおろうとした刹那せつな、ふと水面を見ると異形なものが浮んでいるので、早速とりあげて見たが、全く見慣れぬ水草なので驚いて大学へ持帰り、皆に見せると、皆も非常に驚いたが
酒をのみ、花を手折たおれよ、遠慮せば
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
そして人の恋している花を、横から手折たおって興がったり、戦の先陣に次ぐほまれみたいに、見よがしにした。常磐の場合でもそうだったのである。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
田舎の他土地ほかとちとても、人家の庭、背戸せどなら格別、さあ、手折たおっても抱いてもいいよ、とこう野中のなかの、しかも路のはたに、自由に咲いたのは殆ど見た事がない。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これはいつ頃のことであったか明かでないが、或は平中は、自分が此の翁の秘蔵の花を手折たおったことを考えて、いくらか皮肉にそんな贈物をしたのであろうか。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ほどなく、枝つきの柿の実をおびただしく手折たおって畑道を駈けて来る二人の少年、年はいずれも十五六。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
突風の如く手折たおって、掌にのせて、花びらむしって、それから、もみくちゃにして、たまらなくなって泣いて、唇のあいだに押し込んで、ぐしゃぐしゃに噛んで、吐き出して
秋風記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
貞操全き婦人というではなし、高が路傍の花、れの手にも手折たおるにかたからざるものだ、この上の手段てだて彼女きゃつを公然身請して、仮令たとえ三日でもよろしい我物わがものにすればそれで気はすむ
こう云う田舎の町を散歩するとささやかな住宅の周囲にはどこにも垣根がなく、菜園や花壇などが車の通る道路に面した処につくられて居ますが、花を手折たおったり果物を盗んだりする者はありません。
亜米利加の思出 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一頃は、この池も、源氏の武士と馬でにぎわっていた頃もある。宗清は、ふと手をさし伸べ、池に臨んで咲いている梅の一枝を、花を落さぬように、そっと手折たおった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山へ登りましても人寰じんかんの展望をほしいままに致そうとの慾望もござりませず、山草、薬草の珍しきをでて手折たおろうとの道草もござりません、ただ一心に神仏を念じ
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
猿の吉兵衛は野の秋草を手折たおって来て菊之助の顔ちかく差しのべて上手にあやし、夫婦は何の心配も無く共に裏の畑に出て大根を掘り、ことしの秋は、何かいい事でもあるか
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
洲崎すさきくるわへ入った時、ここの大籬おおまがきの女を俺が、と手折たおった枝に根をはやす、返咲かえりざきの色を見せる気にもなったし、意気な男で暮したさに、引手茶屋が一軒、不景気で分散して、売物に出たのがあったのを
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
泊り客を見かけては道庵がいちいち、途中で手折たおって来たえんじゅのような木の枝を渡していうことには
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「この年ですよ。そんなことぐらい読めないでどうするもんですか。……けれども旦那え、チョンでも馬鹿でも、亭主ってものが、にらんでいる花ですからね。そうやすやす、手折たおれると思ったら、大間違いでござんすよ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「一枝手折たおって——」
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
手折たおるべい
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)