“應”のいろいろな読み方と例文
新字:応
読み方割合
こた46.9%
おう33.3%
いら3.1%
こたへ3.1%
まさ3.1%
いらへ2.1%
マサ2.1%
あい1.0%
お1.0%
き1.0%
ふさ1.0%
ふさは1.0%
をう1.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
平次も丁寧に應(こた)へました。左まで遠くないところに住んで居て、この評判の良い隱居は、平次も知り過ぎるほどよく知つて居ります。
勘次(かんじ)は利根川(とねがは)の開鑿工事(かいさくこうじ)へ行(い)つて居(ゐ)た。秋(あき)の頃(ころ)から土方(どかた)が勸誘(くわんいう)に來(き)て大分(だいぶ)甘(うま)い噺(はなし)をされたので此(こ)の近村(きんそん)からも五六人(にん)募集(ぼしふ)に應(おう)じた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
一同(いちどう)これはと恐(おそ)れ謹(つゝし)みけるに、良(やゝ)ありて幸豐公(ゆきとよぎみ)、御顏(おんかほ)を斜(なゝめ)に見返(みかへ)り給(たま)ひ、「杢(もく)、杢(もく)」と召(め)し給(たま)へば、遙(はる)か末座(まつざ)の方(かた)にて、阿(あ)と應(いら)へつ、白面(はくめん)の若武士(わかざむらひ)、少(すこ)しく列(れつ)よりずり出(い)でたり。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
それ小さき火花にも大いなる焔ともなふ、おそらくは我より後、我にまさる馨ありて祈(ね)ぎ、チルラの應(こたへ)をうるにいたらむ 三四—三六
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
我れの生るゝや自然にして生る、生るゝ時未だ嘗て喜(よろこ)ぶことを知らず。則ち我の死するや應(まさ)に亦自然にして死し、死する時未だ嘗て悲むことを知らざるべし。
顏差し覗(のぞ)きて猫撫聲(ねこなでごゑ)、『や、や』と媚(こ)びるが如く笑(ゑみ)を含みて袖を引けば、今まで應(いらへ)えもせず俯(うつむ)き居たりし横笛は、引かれし袖を切るが如く打ち拂ひ、忽ち柳眉(りうび)を逆立(さかだ)て、言葉(ことば)鋭(するど)く
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
汝及び衆生應(マサ)に心を專らにし、念を一處に繋けて、西方を想ふべし。云はく、何が想をなすや。凡想をなすとは、一切の衆生、生盲に非るよりは、目有る徒、皆日沒を見よ。
山越しの阿弥陀像の画因 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
云へ御殿場迄(ごてんばまで)の旦那殿(だんなどの)と讓合(ゆづりあ)う中何時か我家の表(おもて)へ來りしが日は西山へ入て薄暗(うすくら)ければ外より是お里遠州(ゑんしう)の兄が來たと云にお里は應(あい)と云出る此家の構(かま)へ昔は然るべき百姓とも云るれど今は壁(かべ)落(おち)骨(ほね)顯(あらは)れ茅(かや)の軒端(のきば)の傾(かたむ)きて柱(はしら)に緘(から)む蔦葛(つたかづら)糸瓜(へちま)の花の亂(みだ)れ咲(ざ)き住荒(すみあら)したる賤(しづ)が家に娘のお里は十七歳縹致(きりやう)は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
誰が留めても應(き)かずに到頭退社の辭を草した。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
是故にこの處のことをいふ者、もし應(ふさ)はしくいはんと思はゞ、アーシェージといはずして(語(ことば)足らざれば)東方(オリエンテ)といふべし 五二—五四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ピストイアは我に應(ふさは)しき岩窟(いはあな)なりき、われ導者に、彼に逃(にぐ)る勿れといひ、また彼をこゝに陷らしめしは何の罪なるやを尋ねたまへ
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
夫(そ)れも餘(あま)り輕卒(けいそつ)の事(こと)、人形(にんげう)や雛(ひな)では無(な)し、人(ひと)一人(ひとり)翫弄物(もてあそび)にする譯(わけ)には行(ゆ)くまじ、出來(でき)そこねたとて塵塚(ちりづか)の隅(すみ)へ捨(す)てられぬ、家(いゑ)の礎(いしづゑ)に貰(もら)ふのなれば、今(いま)一應(をう)聞定(きゝさだ)めもし、取調(とりしら)べても見(み)た上(うへ)の事(こと)
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)