こわ)” の例文
旧字:
他所見よそみをせず、こわれぬ幸福をしっかり互に守っているらしい夫婦はあまり見なかったのでそれ以来、特に私は注意するようになった。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
皇室と徳川霊廟れいびょうとを結びつけるはずの使者が、公武合体の役には立たないで、あべこべにそれをぶちこわして歩くのもあの一行だった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
新人が立ち、旧人はわれ、ふるい機構は、局部的にこわされてゆく。そしてまた局部的に、新しい城国が建ち、文化がはじめられて来た。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もしこの蒼白あおじろい青年が、ついに紙幣さつの方へ手を出さないとすると、小林のこしらえたせっかくの狂言も半分はぶちこわしになる訳であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さいわいにのかみついていた岩角いわかどくだけなかったから、よかったものの、もしこわれたら、おそらくそれが最後さいごだったでありましょう。
しんぱくの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「なんだえ! あんな禿頭に祈られたからって、俺んとこの犬を殺しやがって。糞垂稲荷め! お宮も何もたたこわしてやるから。」
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
瓦をこわして、棺をかつぎ出して、わが家へ連れ帰ると、その児は湯をくれ、かゆをくれと言った。暫くして、彼は正気にかえって話した。
こわれた人形を見た上は、蔵の中に何の用事もない筈のあの人が、もういつもほどの時間もたったのになぜ帰って来ないのでしょう。
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ですから、戸口をこわして侵入するつもりなら、体当りするとか、すごい道具を持ってくるとか、もっと大げさなことをやると思いますよ
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
お家がこわれておいでなすって、どこへお引越しなすったか近所で聞いてもわかりませんから、ツイそれなりになってしまったんですよ。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それから、何気ない日々のくらしも、彼の周囲はまだ穏かではあったが、見えない大きい力によって、刻々にこわされているのではないか。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
好きでもないのに好いてると思われるのはしゃくで、豹一は返答に困った。しかし、嫌いだというのはこわしだ。そう思ったので
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
次郎の心では、算盤をこわしたのは、恭一か俊三かに違いないと睨んでいた。その罪を自分でるのはばかばかしいことではある。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
のみならずまた曾祖母も曾祖父の夜泊まりを重ねるために家にきもののない時にはなたで縁側をたたこわし、それをたきぎにしたという人だった。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「それじゃ私からお父さんに相談して上げましょう。折角卒業しても、身体をこわしたんじゃ元も子もなくなってしまいますよ」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ガドルフはそっちへすすんで行ってガタピシのこわれかかった窓を開きました。たちまち冷たい雨と風とが、ぱっとガドルフの顔をうちました。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
昔は何日いつの間にか五七五、七七と二行に書くことになっていたのを、明治になってから一本に書くことになった。今度はあれをこわすんだね。
もろ土屑つちくずがボロボロ前掛けの上にこわれて、ひざの上にあふれた銅貨は、かなりズシリと重みがあった。どれを見ても銅貨のようだ。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
箪笥たんすと戸棚とをこもでからげ、夜具を大きなさいみの風呂敷で包んだ。陶器はすべてこわれぬように、箪笥の衣類の中や蒲団ふとんの中などに入れた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
板張の腰掛もあたり前の身なりをしていては腰のかけようもないほどこわれたりよごれたりしている。一日にわずか三、四回。
買出し (新字新仮名) / 永井荷風(著)
子供がおもちゃを持って遊んで、しばらくするときっとそれをこわして見ようとする。その物の背後うしろに何物があるかと思う。
花子 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その薄気味のわるい顔を、早く動かすとこわれるおそれがあるとでもいうように、山城守はソウッと客のほうへじ向けた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ところがこの無謀な結婚は、その望みを打ちこわしてしまった。それで最初のうちは盛んに怒鳴りたて、メルキオルとルイザとをののしりちらした。
今にも倒れるかこわれるかと、円道様も為右衛門様も胆を冷やしたり縮ましたりして気が気ではなく心配して居らるるに
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
すると再びヒステリーの発作が起って、椅子いす蹴飛けとばしたり、カーテンを引きちぎったり、花瓶をこわしたりします。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
蠑螺堂さざえどうこわし屋が買いましたが、百観音は下金屋したがねやが買いました。下金屋というのは道具屋ではない。古金ふるがね買いです。
日頃愛用していたライカアやレコオドを残らずたたこわし、いさぎよく征途に上ったものだったが、一ト月の後にはノモンハンで挺身ていしん奮闘してたおれてしまった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
こんな鼻唄はなうたをうたいながら、お父様はこの頃、何を思ったかおまえの美術学校時代のこわれた絵の具箱を肩にかついでときどき晴れた野原へ写生に出かける。
巴里のむす子へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「此の次ぎは、城こわれたれば、平場ひらばいくさなるべし。われ天王寺表へ乗出し、この馬の息続かん程は、戦って討死せんと思うにつけ、一入ひとしお秘蔵のものに候」
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あんたはあたしのお小遣こづかいをぬすんだり、あたしをいじめて泣かしたり、あたしの大事にしている人形を幾つもこわしたりしたじゃないの、忘れやしないでしょ
あすなろう (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
芝浦ははばの広い肩をけわしく動かした。水夫、火夫、学生が二人をとめた。船長室の窓がすごい音を立ててこわれた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
一寸ちょっとお尻をでてから、髪をこわすまいと、低くこごんでそっと門をくぐって出て行くが、時とすると潜る前にヒョイとうしろを振向いて私と顔を看合せる事がある。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
こわれてしまったものを継ぎ合わそうとするむなしい努力であるかもしれないが、閑子を思えば捨てては置けない。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
あるいは小学校の倉のすみより、半ばこわれて用に立ちそうにないものをそれぞれ繕ってともかく、間に合わした。
河霧 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
二人ふたりは、はた目には酸鼻さんびだとさえ思わせるような肉欲の腐敗の末遠く、互いに淫楽いんらくを互い互いから奪い合いながらずるずるとこわれこんで行くのだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そうしてこの宗教生活というものはそういう途中のものに対する懐疑をへて、これならばけっしてこわれない。
生活と一枚の宗教 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
そうしてその窓がすっかりくぎづけになっていて、その庭なんぞもすっかりれ果て、いまにもこわれそうな木戸が半ば開かれたままになっているのを認めると
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「千代松が怪しいとは思わないか、お関さん、この男はこの縁談を一番こわしたがっている様子だが——」
その俳句を一誦いっしょうしてみると忽ち作者の露骨な思想にぶっつかってしまって、芸術品としての潤いは少しもなく、そのとげとげしい思想が感興をこわしてしまう。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
はやその谷川の音を聞くと我身で持余もてあます蛭の吸殻すいがら真逆まっさかさまに投込んで、水にひたしたらさぞいい心地ここちであろうと思うくらい、何の渡りかけてこわれたらそれなりけり。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それで二人は、こわれた人形を立派りっぱつくろって、それを山の神社おみやおさめました。さるは山の中へもどりました。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「そんなことは覚えていないけれど、恐ろしい大浪おおなみが立って、浜の石垣いしがきがみんなこわれてしもうた。」
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
だから、どうかすると、小屋の窓をこわして、薪の代りにしなければならぬようなことになりました。
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
日比谷ひびやには騒擾そうじょうが起り、電車焼打ちがあって、市内目抜きの場所の交番、警察署、御用新聞社の打こわしなどがはじまり、忠良なために義憤しやすき民衆は狂暴にされ
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
田舎への土産みやげにとて、小供の玩具おもちゃを入れ置きたるに、車の揺れの余りにはげしかりしため、かくこわされしことの口惜しさよと、わざわざ振り試みるに、駅夫も首肯うなずきて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
斜丘の中ほどにこわれかけた小屋があった。そこで通訳が向うからやって来た百姓の一人に何か口をきいているのが栗本の眼に映じた。その側に中隊長と中尉とが立っていた。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
所で現場を調べてみると、大きな硝子製の砂糖壷があってこわれた底に真黒に炭がついている。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
一度ゆで卵を取り落してこわした後は、卵を得るごとに堅い物で打ち欠き指もてその殻をぐ。
彼ははじめ篠竹しのだけばかりを庭のまわりに植えたが、三年経ってから篠竹の庭をこわしはじめた。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「これというのもあの鳰鳥におどりが、あのように上品で美しいからじゃ、鳰鳥にがれて来られるのじゃ」長者はいつもそう思って、こわれものでも扱うように鳰鳥を一層大事にした。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)